はじめに──もう1冊のバイブル、開帳です
ども、バンブークエストっす。
前回の『帯をギュッとね!』で、俺はひとつ白状しました。中学で柔道部に入ったのは、2つの漫画に背中を押されたから。そして、もう1冊については「それはまた、別のクエストで」と、はぐらかしました。
はい、その別のクエストが今回です。もう1冊のバイブル、小林まこと先生の『柔道部物語』。
吹奏楽部に入るつもりだった文化系の新入生が、先輩の甘い勧誘にだまされて柔道部へ。待っていたのは坊主頭と、きついしごきと、謎の伝統行事「セッキョー」。それでも少年は畳から逃げず、背負い投げを武器に、全国の怪物たちへ挑んでいきます。
『帯ギュ』が「上級生のいない、1年生だけで作った柔道部」なら、こっちは「上下関係ガチガチの、昭和の柔道部」。同じ柔道部ものなのに、ほぼ真逆です。この2冊を読んで、それでも柔道部の門を叩いた中学生の俺。今思えば、なかなかの度胸です。しかも入ってみたら、本当に『柔道部物語』でした(その話は第10章で)。
連載は週刊ヤングマガジンで、1985年から1991年まで。実はこの漫画、本物のオリンピック金メダリストたちにも熱烈な読者がいます。その話は、あとでたっぷり。
今回も、礼に始まり礼に終わるつもりで、モリモリで行きます。
⚠️ 関係者の皆様、なにか不都合な点などございましたらすぐにご連絡ください。当記事は即刻削除いたします。
※ここから先はネタバレを含みます。
出典:ホンシェルジュ「おすすめ柔道漫画5選!」、テレビ東京「嘉納杯柔道ワールドグランプリ2008」WEBコミック紹介、日刊ゲンダイDIGITAL(増田俊也「名作マンガ 白熱講義」、2025年5月8日)

第1章:作品概要──だまされて入った柔道部から、全国の畳へ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | 小林まこと |
| 掲載誌 | 週刊ヤングマガジン(講談社) |
| 連載期間 | 1985〜1991年 |
| 単行本 | ヤンマガKCスペシャル 全11巻(1987年6月〜1991年8月) |
| その他の版 | 講談社漫画文庫 全7巻、新装版(ヤンマガKC)全8巻(2013〜2014年)、電子版 全11巻 |
| 舞台 | 架空の「新賀田県」の岬商業高校。風景は作者の出身地・新潟がモデルとされる |
| ジャンル | 本格柔道コメディ |
| アニメ | OVA 全2話(1991年、物語の冒頭部分のみ) |
ざっくりあらすじ
高校に入学したばかりの三五十五(さんご・じゅうご)は、吹奏楽部を志望していた、成績優秀な文化系の新入生。ところが先輩たちの甘い言葉に乗せられて、岬商業高校の柔道部に入ってしまいます。
「練習は短い」「髪型は自由」「女子との交流会もある」。全部、嘘でした。入部した途端に先輩たちの態度は一変。きついしごきに、坊主頭の強制、そして新入部員を待ち受ける伝統行事「セッキョー」。13人いた1年生は、あっという間に7人まで減ります。
それでも三五は、負けず嫌いな性格で畳に残り、やがて背負い投げを武器に才能を開花させていきます。県内のライバル・江南高校の樋口、そして全国の怪物・耕談館浦安の西野。岬商柔道部の仲間たちと一緒に、三五は全国の舞台へと挑んでいきます。
ちなみに、読み方は「さんご・じゅうご」。声に出すと、九九の「さんごじゅうご(3×5=15)」そのまんまです。名字の「三五」は、作者の高校柔道部時代の先輩の名字から取ったとされています。県名が1巻だけ「二井形県」になっている、なんて小ネタもあります。
出典:マンガペディア『柔道部物語』、マンガことば『柔道部物語』、Judo-bu Monogatari(英語版Wikipedia)、Wikipedia『柔道部物語』、ホンシェルジュ、テレビ東京WEBコミック紹介、めちゃコミック『柔道部物語』
第2章:小林まことという作家──プロレス、猫、そして柔道
小林まこと先生は、1958年5月13日、新潟市生まれ。新潟商業高校を卒業して上京し、初連載の『1・2の三四郎』でいきなり人気作家になった漫画家です。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1958年 | 5月13日、新潟市に生まれる |
| 1977年 | 高校卒業後、望月三起也さんのアシスタントに。ただし約2か月で辞める |
| 1978年 | 『格闘三兄弟』が少年マガジン新人漫画賞に入選してデビュー。同年、『1・2の三四郎』を週刊少年マガジンで連載開始 |
| 1981年 | 『1・2の三四郎』で第5回講談社漫画賞(少年部門) |
| 1984年 | 猫が主役の『What's Michael?』をモーニングで発表 |
| 1985年 | 『柔道部物語』を週刊ヤングマガジンで連載開始(1991年まで) |
| 1986年 | 『What's Michael?』で第10回講談社漫画賞(一般部門) |
| 1995年 | 『1・2の三四郎』が佐竹雅昭さん主演で実写映画化 |
| 2009〜2013年 | 『劇画・長谷川伸シリーズ』をイブニングで発表 |
| 2013〜2014年ごろ | 55歳で漫画家を引退し、音楽活動へ |
| 2016年 | 恵本裕子さん原作の『JJM 女子柔道部物語』で漫画家に復帰 |
| 2023年 | 『JJM 女子柔道部物語 社会人編』を開始 |
初連載から、もう柔道を描いていた
『1・2の三四郎』は、ラグビー部の廃部を防ぐために濡れ衣をかぶって退部した東三四郎が、悪友たちと「総合格闘部」を作って柔道の大会で暴れまわり、卒業後はプロレスの道へ進む物語です。つまり小林先生は、初連載の時点で、すでに柔道を描いていたんです。
柔道部員だったから描けた、本物の部活
小林先生自身、高校時代は柔道部員でした。岬商の監督・五十嵐寛太のモデルは、高校時代の恩師。新入部員を待ち受ける「セッキョー」も、作者が在籍した新潟商業高校で実際に行われていたものだそうです。
Wikipediaには、猫漫画の『What's Michael?』は仕事と割り切って描いたけれど、『柔道部物語』には感情移入して描いた、という話も紹介されています。自分の青春を、そのまま原稿に叩きつけた作品なんだと思います。
ちなみに作者の遅筆で、連載当時は休載も多かったとか。締め切りとの乱取りは、柔道よりきつかったのかもしれません。
引退、そして金メダリストに呼び戻される
『劇画・長谷川伸シリーズ』の『瞼の母』を最後に、小林先生は55歳で漫画家を引退し、音楽活動に専念します。ライブはおよそ150本、CDも3枚作ったそうです。
ところが、近所に住んでいた女子柔道の金メダリスト・恵本裕子さんから、Facebookでメッセージが届きます。『柔道部物語』のファンだったこと、そしてこの漫画のおかげでアトランタ五輪で優勝できたこと。そこから生まれたのが『JJM 女子柔道部物語』です。当初は作画を別の漫画家に頼むつもりだったのに、結局ご自身で描くことになったそうです。
漫画が金メダリストを育てて、その金メダリストが、引退した漫画家をもう一度机に向かわせる。こんな恩返し、出来すぎです。
出典:マンガペディア「小林まこと」、BookLive!「小林まこと」、Makoto Kobayashi(英語版Wikipedia)、マンガペディア『1・2の三四郎』、Wikipedia『柔道部物語』、ピクシブ百科事典『柔道部物語』、ORICON NEWS(2017年12月18日)、Anime News Network(JJM社会人編)
第3章:登場人物紹介──岬商業柔道部と、全国の怪物たち
主役は、だまされて入部した1年生の三五たち。そこにクセの強すぎる先輩と監督、そして県と全国のライバルが加わります。
| 名前 | どんな人物か | ひとこと |
|---|---|---|
| 三五十五 | 主人公。吹奏楽部志望の文化系から柔道部へ。得意技は背負い投げ(釣り手背負い、片襟背負いなど)。寝技は苦手 | 集中すると口がとがる「ひょっとこ顔」に |
| 秋山一郎 | 三五の小学校時代からの親友。体格を活かして、三五より先に黒帯を取る。得意技は払い腰 | のちに平家ゆりと恋仲に |
| 名古屋和彦 | 同級生。太めの体で、特訓を巧みな手抜きで乗り切る | 異名は「流しの名古屋」 |
| 内田修一 | 中学時代は柔道部の主将。同期でいちばんの実力者。内股が得意 | 団体戦では副将 |
| 小柴哲也 | 1年先輩。三五たちを柔道部に誘った張本人 | 自分の一本背負いを「古賀投げ」と自称 |
| 鷲尾弘美 | 1年先輩の主将。重量級。自信家で身勝手だが、実力は本物 | 異名は「無冠の帝王」。卒業後は警察官に |
| 平尾勝 | 1年先輩。寝技が得意で、安定した試合運びを見せる | 暴れる鷲尾の抑え役。卒業後は自動車販売店の営業に |
| 五十嵐寛太 | 岬商の監督。元オリンピック代表候補 | 愛車「マドンナ」に話しかける。口癖は「どおしたぁ〜」 |
| 平家ゆり | 三五の同級生。眼鏡の女子生徒 | 恋の行方は読んでのお楽しみ |
| 原田ひろみ | 三五の幼なじみで彼女。別の高校に通う | 派手で遊び好き |
| 樋口久 | 江南高校のエース。「日本一の1年生」。袖釣り込み腰が得意 | 三五の最初の大きな壁 |
| 西野新二 | 耕談館浦安のエース。肩車、掬い投げ、裏投げなどを操る、作中最強クラスの選手 | 荒っぽい柔道で、相手に大ケガをさせることも |
| 史村春道 | 元オリンピック金メダリストの柔道解説者。五十嵐の元ライバル | 三五の実力を認めて、陰から支える |
好きなキャラTOP3
- 五十嵐寛太先生:元五輪代表候補なのに、新車を条件にしないとやる気を出さない。愛車「マドンナ」に話しかけ、部員には「俺って天才だ〜」「俺ってストロングだぜ〜」と自己暗示を叩き込む。現実にいたら絶対に面倒くさい。なのに、いざというときの指導は的確。このギャップに、毎回やられます
- 鷲尾弘美:威張る、暴れる、すぐキレる。体格もパワーも部内一なのに、タイトルには縁がない「無冠の帝王」。強いのに勝ちきれない、その人間くささがたまりません
- 名古屋和彦:「流しの名古屋」。地獄の特訓を、手抜きの技術だけでくぐり抜ける天才。全国の柔道部に、一人はこういう男がいた(はず)
殊勲賞は、西野新二。主人公の親友もライバルも容赦なく壊していく、正真正銘の「壁」です。でも、ただの悪役では終わらない。その理由は第4章で。
出典:マンガペディア『柔道部物語』、Wikipedia『柔道部物語』、ピクシブ百科事典『柔道部物語』、RENOTE「夢中になることが青春なのかも - 柔道部物語」、ハンディコミック『柔道部物語』各巻紹介
第4章:名場面BEST5(ネタバレあり)
全11巻、どこを切っても名場面です。物語の流れに沿って、泣く泣く5つに絞りました。
第5位:嘘だらけの勧誘と、伝統行事「セッキョー」
「練習は短い」「髪型は自由」「女子との交流会もある」。先輩の甘い言葉は、入部した瞬間に全部ひっくり返ります。坊主頭、地獄のしごき、そして伝統行事「セッキョー」。
作家の増田俊也さんの紹介によれば、セッキョーは新入部員が入部して数日後、上級生が何で殴ってもいいとされる日。コタツで殴る先輩まで描かれています。……もちろん、今の部活でやったら一発アウトです。でも、このむちゃくちゃな洗礼から始まるからこそ、三五がここから這い上がっていく物語が、とんでもなく効いてくるんです。
第4位:夏休み明けの県民大会、背負い投げで公式戦デビュー
初めての夏合宿は、ライバル校の江南、下山田農との合同合宿。ここでもひと騒動あって、物語は秋へ。
夏休み明けの県民大会。1回戦の相手は下山田農です。岬商は4対1で勝ち、公式戦デビューの三五は、背負い投げで一本勝ち。会場を驚かせます。だまされて入った文化系の少年が、はじめて「柔道家」になった瞬間です。
第3位:新人戦の決勝、「日本一の1年生」樋口との一騎打ち
新人戦、中量級の個人戦。三五は1回戦で石川に逆転の背負い投げを決めると、そのまま勝ち上がり、決勝で江南のエース・樋口と向き合います。相手は「日本一の1年生」。
Wikipediaのあらすじによれば、三五は優勢勝ちで樋口を破って優勝します。柔道を始めて1年もたたない素人が、日本一の1年生に勝つ。そして、この樋口がのちにどうなるか。それを知ってから読み返すと、この決勝は、ちょっと胸が痛くなります。
第2位:全国の決勝で、西野ひとりに5人抜き
2年生の夏、岬商はインターハイの団体戦で予選リーグを全勝で突破し、ベスト16へ。決勝トーナメント1回戦の相手は、耕談館浦安。そこにいたのが、あの樋口を再起不能にしたという男・西野新二でした。
そして2年の春、高校選手権。Wikipediaのあらすじによれば、岬商は全国の決勝まで勝ち上がりますが、耕談館浦安の西野たった一人に5人抜きを許しての完敗。親友の秋山は、この選手権で西野に左腕を折られています。
技も、力も、精神力も、すべてで負けた。3年生になって新入部員の勧誘の季節が来ても、三五は立ち直れず、柔道をやめることまで考えます。主人公が、ここまで完膚なきまでに負ける。だからこそ、次の1位が効くんです。
第1位:最後の金鷲旗、そして「その先」
最終巻の舞台は、金鷲旗高校柔道大会。打倒・耕談館浦安、打倒・西野。高校3年間の集大成として、三五たちは最後の一戦に挑みます。
勝敗は、ここではあえて書きません。この試合だけは、ぜひ自分の目で確かめてほしいので。
そしてその先。Wikipediaのあらすじによれば、引退した三五は、一度は実家の寿司屋を継ぐと決めて、柔道から離れます。ところが、西野の柔道への情熱に触れて、大学でも柔道を続ける道を選ぶ。
最大の敵が、最後に主人公の背中を押す。西野をただの悪役で終わらせない。ここに、小林先生の柔道への愛が詰まっていると思います。
出典:ハンディコミック『柔道部物語』各巻紹介、BOOK☆WALKER『柔道部物語(7)』、BOOK☆WALKER『柔道部物語(10)』、Wikipedia『柔道部物語』、日刊ゲンダイDIGITAL(増田俊也、2025年5月8日)、RENOTE
第5章:実在の柔道との対比──「セッキョー」は都市伝説じゃなかった
この章は、都市伝説好きの俺がいちばん書きたかったところです。今回も「記録で確かめられた事実」と「俺の見立て」を分けて書きます。
「セッキョー」は、本当にあった(事実)
漫画だから盛っているんだろう。そう思いますよね。ところがWikipediaによれば、セッキョーは作者が在籍した新潟商業高校で、実際に行われていたものだそうです。伸びた髪の2年生の頭を3年生がたたく「オハツ」は、日体大柔道部の伝統行事が元ネタ。野球部の1年生が裸で踊る「アメフレ」は、新潟商業野球部の「雨乞いの儀式」が元ネタとされています。
増田俊也さんによれば、この漫画を読んだ全国の柔道経験者が、セッキョーの描写に驚いたそうです。しかも、中学、高校、大学、実業団と、似たような通過儀礼はあちこちにあった。増田さんがいた北海道大学柔道部にも、「カンノヨウセイ」という似た行事があったといいます。
都市伝説だと思って調べたら、実話だった。このパターン、大好物です。……ただし、何度でも言いますが、今やったら完全にアウトです。
作中には、本物の柔道家がいる(事実)
| 作中の人物 | モデルとされる人物 | 実在の人物の経歴 |
|---|---|---|
| 史村春道(元五輪金メダリストの解説者) | 上村春樹さん | 1976年モントリオール五輪の無差別級で金メダル。2009年に講道館長と全日本柔道連盟会長に就任 |
| 遠藤忠(O・U大の監督) | 斉藤仁さん | 95kg超級で、ロサンゼルスとソウルの五輪2連覇 |
「金鷲旗」は、100年以上続く本物の大会(事実)
最終巻の舞台、金鷲旗高校柔道大会も実在します。始まりは1916年(大正5年)の「九州学生武道大会」。2026年の大会で、金鷲旗としては98回目を数えました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主催 | 西日本新聞社、九州柔道協会 |
| 会場(2026年) | 照葉積水ハウスアリーナ(福岡市総合体育館) |
| 形式 | 5人制の団体勝ち抜き戦。予選なしのオープントーナメント |
| 位置づけ | 春の選抜、インターハイと並ぶ「高校3冠」のひとつ |
| 名物 | 5人抜き、10人抜きなど、勝ち抜いた人数に応じた敢闘賞 |
ここからは見立てです。1人が強ければ、5人でも10人でも抜けてしまう「抜き勝負」。どれだけ仲間が強くても、怪物がひとりいれば全部ひっくり返される。最後の大会がこの金鷲旗だというのは、「打倒・西野」の物語として、これ以上ない舞台だと思います。
「平成の三四郎」から届いた、一通のファンレター(事実+見立て)
Wikipediaによれば、連載の初期はドタバタの部活ギャグ路線でした。それが変わったきっかけは、当時、日体大1年生だった古賀稔彦さんからのファンレター。柔道部の部員全員で読んでいる、という内容だったそうです。これを機に、作品は本格柔道漫画へと舵を切ります。増田俊也さんも、連載中に古賀さん本人からファンレターが届いたエピソードを紹介しています。
そう、前回の『帯ギュ』の記事で書いた、1992年バルセロナ五輪の金メダリスト、「平成の三四郎」です。
ここからは見立てです。出世作が『1・2の三四郎』の漫画家のもとに、のちの「平成の三四郎」からファンレターが届く。作中で小柴先輩が、自分の一本背負いを「古賀投げ」と名乗っているのも、この縁を知るとニヤッとできます。三四郎が、三四郎を呼んだ。そう言いたくなりませんか。
出典:Wikipedia『柔道部物語』、日刊ゲンダイDIGITAL(増田俊也、2025年5月8日)、笹川スポーツ財団の資料(上村春樹さん)、デイリースポーツ(2022年4月29日)、PR TIMES(2026年度金鷲旗玉竜旗高校柔剣道大会)、ホンシェルジュ
第6章:源流と影響──金メダリストたちのバイブル
この章も、「記録で確かめられた事実」と「俺の見立て」を分けて書きます。
源流:『1・2の三四郎』と、作者自身の高校柔道(事実+見立て)
第2章で書いたとおり、小林先生は初連載『1・2の三四郎』の時点で柔道の大会を描き、高校時代には自分自身が柔道部員でした。ここまでは事実です。
ここからは見立てです。『1・2の三四郎』が「格闘技って面白い!」を全力で描いた漫画なら、『柔道部物語』は「部活って、こんなに理不尽で、こんなに楽しい」を描いた漫画。ギャグの切れ味はそのままに、自分の高校時代を丸ごと注ぎ込んだのが、この作品なんだと思います。
同時代:俺を柔道部に入れた、真逆の2冊(事実+見立て)
| 項目 | 『柔道部物語』 | 『帯をギュッとね!』 |
|---|---|---|
| 作者 | 小林まこと | 河合克敏 |
| 掲載誌 | 週刊ヤングマガジン(青年誌) | 週刊少年サンデー(少年誌) |
| 連載 | 1985〜1991年 | 1988〜1995年 |
| 舞台 | 新賀田県の岬商業高校 | 静岡県の浜名湖高校 |
| 部の空気 | 上下関係ガチガチ、伝統行事「セッキョー」あり | 1年生だけで創部、上級生なし |
| 主人公 | 柔道未経験の文化系 | 中学から柔道をやってきた経験者 |
ここからは見立てです。同じ時代に、同じ柔道部ものが、ここまで真逆の顔をしていた。理不尽な上下関係の中で強くなる物語と、仲間と一から部を作る物語。柔道部に入る前の俺は、その両方に背中を押されたわけです。いま思えば、柔道部の「光」と「影」を、両方まとめて予習していたのかもしれません。
影響:金メダリストたちの「バイブル」(事実)
この漫画を「バイブル」と呼びたくなる理由が、ここです。実在のオリンピック金メダリストたちが、この漫画を読んでいました。
| 人物 | 実績 | 『柔道部物語』との縁 |
|---|---|---|
| 古賀稔彦さん | 1992年バルセロナ五輪 男子71kg級 金メダル | 日体大1年生のとき、作者にファンレターを送る |
| 野村忠宏さん | 男子60kg級で、アトランタ、シドニー、アテネの五輪3連覇 | 中学・高校時代、主人公に憧れて読んでいた |
| 恵本裕子さん | 1996年アトランタ五輪 女子61kg級 金メダル。日本女子柔道で初の五輪金メダリスト | 作品のファン。この漫画のおかげで優勝できたと作者に伝える |
なかでもしびれるのが、野村忠宏さんのエピソードです。1996年アトランタ五輪の3回戦。相手は当時の世界王者で、有効を2つ取られたまま、残りはおよそ20秒。野村さんは片襟をつかんだまま担いで、前転するように投げ、残り15秒ほどで技ありを奪って逆転します。
野村さんいわく、狙って出した技ではなく、勝つために全力を尽くした結果、偶然『柔道部物語』の主人公の技と重なったのだそうです。しかも中学・高校時代、体が小さくて弱かった野村さんは、背負い投げが得意で、主人公に憧れてこの漫画を読み、友だちとふざけ半分でこの技を練習していたこともあったとか。
そして同じアトランタで、女子61kg級の金メダルを取ったのが恵本裕子さん。1996年のアトランタで金メダルを取った2人が、そろってこの漫画の読者だった。漫画が、本物の金メダリストを育てた。そう言っても、言い過ぎじゃないと思います。
作家の増田俊也さんも、ここまで精緻に柔道というジャンルを描いた漫画はない、という趣旨で、この作品を絶賛しています。
その後:『JJM 女子柔道部物語』へ(事実)
恵本さんとの縁から生まれたのが、『JJM 女子柔道部物語』です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原作・作画 | 原作:恵本裕子、脚色・構成・作画:小林まこと |
| 掲載 | イブニング(2016〜2023年、休刊まで)から、コミックDAYSへ移籍 |
| 単行本 | 高校生編 全15巻(2023年8月の第15巻まで) |
| 主人公 | 北海道旭川市のカムイ南高校1年生、神楽えも |
| 続き | 2023年秋から『社会人編』 |
もともとは「もしも『柔道部物語』の主人公が女の子だったら」という発想から生まれた作品だそうです。第1話には三五十五らしき人物がチョイ役で登場し、作中には『柔道衣物語』という、どう見ても本作のパロディな漫画まで出てきます。小林先生、遊び心が止まりません。
出典:ダイヤモンド・オンライン(野村忠宏さん、2025年8月11日)、ORICON NEWS(2017年12月18日)、Toshihiko Koga(英語版Wikipedia)、マンガペディア『JJM 女子柔道部物語』、JJM: Joshi Judou-bu Monogatari(英語版Wikipedia)、Anime News Network(JJM社会人編)、Wikipedia『柔道部物語』、日刊ゲンダイDIGITAL(増田俊也、2025年5月8日)
第7章:単行本とメディア展開──映像化は、冒頭だけ
| 版 | 巻数 | 刊行 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| ヤンマガKCスペシャル | 全11巻 | 1987年6月〜1991年8月 | 連載当時のオリジナル版 |
| 講談社漫画文庫 | 全7巻 | ― | 文庫サイズにまとめた版 |
| 新装版(ヤンマガKC) | 全8巻 | 2013〜2014年 | 2010年代に出直した新装版 |
| 電子版 | 全11巻 | 2013年から配信 | オリジナル版と同じ11巻構成 |
アニメ:OVAが全2話(事実)
1991年、物語の冒頭部分がOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)になっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 形式 | OVA 全2話(VHS) |
| 発売 | 1991年3月と6月 |
| 制作 | スタジオディーン |
| 監督 | 大森英敏 |
| 声の出演 | 松本保典さん、大塚芳忠さん、梅津秀行さんほか |
実写化:見つからず(事実)
実写のドラマや映画は、今回の調べでは見つかりませんでした。アニメになったのは冒頭部分だけで、西野との死闘も、金鷲旗も、まだ誰も映像にしていない。もったいなさすぎます。だから第9章で、勝手にやります。
その後の広がり(事実)
- 『柔道部物語』のキャラクターは、連載が終わったあとも、『格闘探偵団』など小林先生の別作品にゲスト出演しています
- 2016年からは、恵本裕子さん原作の『JJM 女子柔道部物語』が始まりました(第6章)
出典:Judo-bu Monogatari(英語版Wikipedia)、MyAnimeList『柔道部物語』、allcinema『柔道部物語 1991』、マンガペディア『柔道部物語』、Wikipedia『柔道部物語』、BOOK☆WALKER『柔道部物語(7)』、めちゃコミック『柔道部物語』
第8章:深掘り考察──俺がこの漫画を「柔道部員のバイブル」と呼ぶ、3つの理由
ここからは、まるごと俺の見立てです。
理由1:全部、作者が本当に見てきたこと
セッキョーも、監督のモデルも、主人公の名字も、作者の高校柔道部が元になっている。だから柔道部経験者が読むと、「これ、うちの部にもあった」になる。俺がまさにそうでした。全国の経験者がセッキョーの描写に驚いたという話は、裏を返せば、それだけ多くの人が自分の部活を重ねたということだと思います。作り話の熱血じゃなく、実話ベースのあるある。これが強い。
理由2:素人が強くなる「正しい順番」を描いている
だまされて入部して、投げられて、背負い投げという一つの武器を見つけて、勝って、そして怪物に完膚なきまでに負けて、やめかけて、戻ってくる。三五の歩みは、いきなり天才になる話じゃありません。体の小さかった野村忠宏さんが、背負い投げを武器にした三五に憧れたのも、この「一つの武器を磨けば、怪物にも挑める」という順番が、本物だったからじゃないでしょうか。
理由3:笑いがあるから、痛みが刺さる
マドンナに話しかける監督、手抜きの天才・名古屋、暴れる主将・鷲尾。ギャグで笑わせておいて、樋口の再起不能や、秋山の骨折、西野への完敗で、一気に突き落とす。『1・2の三四郎』から人を笑わせてきた漫画家が、本気で柔道を描いた。その落差こそが、この漫画のいちばんの必殺技だと思います。
おまけ:勝ち負けより「続けること」
そしてもう一つ。この物語は、最後に三五が柔道を「続ける」ことを選んで終わります(第4章)。この漫画が、いまも柔道部員の背中を押し続けているとしたら、きっとこの終わり方のせいです。
第9章:もし実写化するなら──俺の妄想キャスティング
第7章で書いたとおり、映像化は冒頭だけのOVAのみ。ならば、妄想のしがいもあるというものです。
| 役 | キャスト | 理由 |
|---|---|---|
| 三五十五 | 齋藤潤さん | 映画『カラオケ行こ!』で、合唱部の部長を務めるピュアな中学生を演じた人。吹奏楽部志望の文化系が、うっかり柔道部へ。この入り口に、これ以上ハマる顔はありません。2007年生まれで、高校生役もまだまだいける年齢です |
| 西野新二 | 奥平大兼さん | 演技経験ゼロで挑んだデビュー作『MOTHER マザー』で、底の知れない怖さを見せた人。しかも本人は空手の初段。組み手の説得力は保証付きです |
| 五十嵐寛太 | 佐藤二朗さん | 「どおしたぁ〜」を言わせたい俳優、日本一。愛車マドンナに話しかけるシーンは、たぶん全部アドリブになります |
| 史村春道 | 野村忠宏さん(特別出演) | 元金メダリストの解説者を、本物の金メダリストが演じる。しかも作中の背負い投げに憧れていたご本人。これ以上の配役はないと思います |
| 鷲尾弘美 | 空欄 | ここだけは決められません。読んだ人それぞれの「いちばん怖かった先輩」が、そのまま鷲尾なので |
監督は、福田雄一さんにお願いしたい。80年代の高校を舞台にしたドラマ『今日から俺は!!』(2018年、日本テレビ系)で、ギャグも、あの時代の空気も撮りきった人です。その『今日から俺は!!』にも出ていた佐藤二朗さんとのタッグで、五十嵐先生の暴走を見てみたい。
XRの仕事をしている身としては、もうひとつ妄想を。……「セッキョー体験VR」は、企画会議で3秒で却下されると思うので作りません。作るなら、金鷲旗の畳の上に立って、目の前の「抜き勝負」の相手と組む、あの緊張感の体験版です。
出典:シネマトゥデイ(2024年1月9日)、デイリースポーツ(2020年7月12日)、リアルサウンド(2018年10月15日)、ダイヤモンド・オンライン(2025年8月11日)
第10章:46歳の俺が、いま『柔道部物語』を読み返して思うこと
2冊目のバイブルは、ちょっと怖い方
『帯ギュ』の記事で書いたとおり、俺が中学で柔道部に入ったのは、2つの漫画に背中を押されたから。そのもう1冊が、この『柔道部物語』です。
たぶん『帯ギュ』で「仲間と柔道って楽しそう」と思い、『柔道部物語』で「柔道部って、こんなにむちゃくちゃなの……?」と震えたはず。それでも入部届を出した中学生の俺。勇者です。
中1の俺に起きた、リアル『柔道部物語』
そして入ってみたら……本当に『柔道部物語』でした。
中学1年のとき。仮入部のあいだ、先輩たちはとにかく優しくて、うまいことばかり言ってくれました。ところが本入部になったとたんに、先輩たちは一気に厳しくなり、俺たち新入部員は全員坊主にされましたとさ。
三五が受けた洗礼を、まさか自分の頭で追体験するとは。漫画の中だけの話だと思っていたら、ノンフィクションでした。いまとなっては、笑い話です。
中学時代は柔道に打ち込んで、団体戦では関東大会まで行きました。……はい、補欠です(シリーズ通算3回目)。
でも、あのとき一緒に坊主にされた柔道部のみんなは、いまでも一生の戦友です。帯よりも固く結ばれた仲間って、こういうことを言うんだと思います。
「ひょっとこ顔」は、本気の顔
三五は、集中すると口がとがった「ひょっとこ顔」になります。主人公の決め顔が、ひょっとこ。笑うところ……だと思いますよね。
でも、20年、映画やドラマの現場で動く人を撮ってきた身としては、こう思うんです。人が本気になった瞬間の顔は、決してキレイなだけじゃない。歯を食いしばって、目をむいて、ちょっと変な顔になる。でも、その顔にこそ「本気」が写る。
主人公の本気の顔を、あえてカッコ悪く描く。これ、ものすごく誠実な描き方だと、いまは思います。
46歳の新入部員と、五十嵐先生の自己暗示
三五は、だまされて入った素人でした。いまの俺も、農業ではまだまだ素人。46歳の新入部員です。ちなみに三五は、最後に家業の寿司屋と柔道のあいだで迷います。人生の分かれ道で、何を選ぶか。それ、まさにいまの俺です。
畑の上では、きっとしばらく投げられまくる側でしょう。天気にも、虫にも、土にも。だから鍬を握る前に、五十嵐先生直伝の自己暗示を唱えておきます。
「俺って天才だ〜」「俺ってストロングだぜ〜」
……誰にも聞かれないところで。
続けた者が、強い
一度は柔道をやめかけた三五が、最後に「続ける」ことを選ぶ。勝った負けたより、それがこの漫画のいちばんの答えなんだと思います。中学の畳の上にいたころの俺に、その答えがわかっていたかは怪しいですが。いまなら、ちゃんとわかります。
出典:Wikipedia『柔道部物語』、マンガペディア『柔道部物語』
第11章:これから『柔道部物語』を読む人へ──どの版で、どう読むか
- いちばん手軽なのは電子版。連載当時と同じ全11巻の構成で、まとめて読めます
- 紙で集めるなら、オリジナルの全11巻か、コンパクトな文庫版全7巻を
- 読む順番のおすすめ(見立て):『柔道部物語』→『JJM 女子柔道部物語』(第1話のチョイ役を探しながら)→作者の原点『1・2の三四郎』
- 真逆の柔道部を味わいたい人は、前回の『帯をギュッとね!』と読み比べを。同じ時代の柔道部が、ここまで違うのかと驚くはずです
- 連載は1985〜1991年。しごきや手荒な上下関係の描写は、当時の空気をそのまま描いたものです。いまの部活の常識とは切り離して、物語として楽しみましょう
- 柔道を知らなくても大丈夫。テレビ東京の紹介でも、読み始めたら止まらない本格柔道コメディとして紹介されています
出典:めちゃコミック『柔道部物語』、BOOK☆WALKER『柔道部物語(7)』、マンガペディア『柔道部物語』、マンガペディア『JJM 女子柔道部物語』、テレビ東京WEBコミック紹介
おわりに──礼に始まり、礼に終わる
長々と語ってきましたが、最後に。
『柔道部物語』は、だまされて入部した文化系の少年が、しごきと笑いと大敗北をくぐり抜けて、それでも柔道を続ける物語です。
俺にとっては、『帯ギュ』と並んで、中学の柔道部の入部届に、そっとハンコを押してくれた漫画。あの2冊がなかったら、俺の中学時代は、たぶん畳の匂いを知らないままでした。
小林まこと先生。あの漫画のせいで……いや、おかげで、俺は柔道部の門を叩きました。そして同じ漫画が、本物の金メダリストたちの背中まで押していたなんて。46歳になって知って、ちょっと震えています。ありがとうございました。礼!
次回予告:バイブル考察⑮ ???
柔道部の話は、2冊そろって、これにて一本。次に何を語るかは……まだ秘密っす。「この作品を語ってくれ!」というリクエストは、X(@bambooquest)までどうぞ。
ではまた、次のクエストで!