はじめに──帯を締め直して、青春の畳へ
ども、バンブークエストっす。
前回の『最果てのパラディン』では、骸骨とミイラと幽霊に育てられた少年と一緒に、剣と誓いの世界を旅しました。今回は一気に現実へ戻ります。舞台は静岡県。浜松の地名がちりばめられた、架空の県立高校の畳の上です。
河合克敏先生の『帯をギュッとね!』。
柔道部のない高校に入学した5人の1年生が、自分たちで柔道部を作り、日本一を目指す。あらすじだけ聞くと、ど直球のスポ根です。でもこの作品に掲げられていた看板は「NEW WAVE JUDO COMIC」。汗と涙と根性だけじゃない。笑いと恋と、ちょっとおバカな男子高校生の毎日が、ぎっしり詰まっています。
連載は週刊少年サンデーで、1988年12月から1995年まで。連載が始まったとき、俺は8歳。終わったときは15歳。小学生から中学生までの俺の時間を、まるごと並走してくれた作品です。
いや、並走どころじゃありません。白状すると、俺が中学で柔道部に入ったのは、2つの漫画に背中を押されたから。そのうちの1冊が、この『帯ギュ』です。
中学時代は柔道に打ち込んで、団体戦では関東大会まで行きました。……補欠だけど。
ちなみに「帯ギュ」という略称で呼べば、同世代とは一瞬で話が通じます。今回は元柔道部員の目線もまじえて、いつも以上にモリモリで行きます。帯をギュッと締めて、ついてきてください。
⚠️ 関係者の皆様、なにか不都合な点などございましたらすぐにご連絡ください。当記事は即刻削除いたします。
※ここから先はネタバレを含みます。
出典:マンガペディア「『帯をギュッとね!』を読むと印象が変わる?! 未経験でも楽しい柔道マンガ」(2016年8月2日)、マンガペディア「静岡県が舞台だで読んでみて!オススメ漫画5選」(2019年10月8日)、マンガペディア『帯をギュッとね!』、マンガことば『帯をギュッとね!』

第1章:作品概要──部員全員1年生、ゼロからの柔道部
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | 河合克敏 |
| 掲載誌 | 週刊少年サンデー(小学館) |
| 連載期間 | 1988年12月〜1995年12月 |
| 単行本 | 少年サンデーコミックス 全30巻(1989年9月〜1996年4月) |
| その他の版 | ワイド版 全15巻(1998〜2001年)、小学館文庫 全16巻(2002〜2004年)、電子版 |
| ジャンル | 柔道を軸にした青春スポーツ漫画。ラブコメとギャグもたっぷり |
| 看板 | NEW WAVE JUDO COMIC |
ざっくりあらすじ
中学3年の粉川巧は、柔道の初段の昇段試験に向かう途中、自転車で車と接触事故を起こしてしまいます。たまたま居合わせた県警の柔道師範・倉田典善は、自転車が壊れても無傷だった巧に柔道家としての興味を持ち、会場まで送ってくれました。
その試験会場で出会ったのが、のちの仲間となる杉清修、斉藤浩司、三溝幸宏、宮崎茂。中学時代は柔道のライバル同士だった5人は、偶然にも同じ県立浜名湖高校に入学します。ところがその高校には、柔道部がなかった。
5人は担任の倉田龍子先生を顧問に巻き込み、部員全員が1年生という柔道部を立ち上げます。無名の新設チームが、ライバル校との試合を重ねながら強くなり、やがて全国の舞台へ。それが『帯をギュッとね!』の物語です。
タイトルの「帯」
タイトルの「帯」はもちろん、柔道着の帯。物語は、5人が黒帯(初段)をかけて挑む昇段試験の日から始まります。帯をギュッと締めるのは、試合の前だけじゃない。何かを始めるとき、もう一度がんばるとき。このタイトル、大人になってからの方が効いてきます(ここは見立てです)。
出典:マンガペディア『帯をギュッとね!』、マンガペディア(2016年8月2日の紹介記事)、マンガことば『帯をギュッとね!』、まんが王国『帯をギュッとね!』
第2章:河合克敏という作家──柔道、競艇、書道。「知らない世界」の案内人
河合克敏先生は、1964年5月2日、静岡県引佐郡引佐町(現在の浜松市)生まれ。俺より16歳上の、浜松出身の漫画家です。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1964年 | 5月2日、静岡県引佐郡引佐町(現在の浜松市)に生まれる |
| デビュー前 | 上條淳士さんのアシスタントを務める |
| 1987年 | 「週刊少年サンデー増刊」の『爆風GIRLS』でデビュー |
| 1988年 | 『爆風GIRLS』で第1回少年サンデーコミックグランプリ大賞。12月、『帯をギュッとね!』の連載を開始 |
| 1995年 | 『帯をギュッとね!』完結 |
| 1996年 | 競艇漫画『モンキーターン』を週刊少年サンデーで連載開始(2005年まで) |
| 1999年度 | 『モンキーターン』で第45回小学館漫画賞 少年部門 |
| 2004年 | 『モンキーターン』がTVアニメ化(テレビ東京、全50話) |
| 2006年 | 高校の書道部を描く『とめはねっ! 鈴里高校書道部』を発表 |
| 2019年 | 『うどんちゃん』を発表 |
連載デビュー作で、いきなり長期連載
『帯をギュッとね!』は、河合先生の連載デビュー作です。それが人気を集めて、約7年、単行本30巻の長期連載になりました。新人がいきなり「柔道、しかも部活もの」で、最後まで走り切る。いま振り返ると、とんでもないことです。
柔道経験者だから描けた、本物の畳
マンガペディアの紹介記事によれば、河合先生は柔道経験者。だからこの作品には、本格的な柔道の描写やルールの説明がたくさん出てきます。そして作中の校名には、浜松の地名にちなんだものが多い。自分の足で立った畳と、自分の生まれた土地。その両方が、この作品の土台になっているんです。
「知らない世界」を、楽しく見せる名人(見立て)
柔道のあとは競艇、そのあとは書道。題材はバラバラですが、河合作品には共通点があると俺は思います。それは、「よく知らない世界を、その世界を知らない人にも楽しく見せる」こと。ルールや技をたっぷり説明しながら、それを説教くさく感じさせない。その原点が、この『帯ギュ』なんです。
出典:マンガペディア「河合克敏」、マンガペディア(2019年10月8日の紹介記事)、Monkey Turn(英語版Wikipedia)、Shogakukan Manga Award(英語版Wikipedia)、マンガことば『帯をギュッとね!』
第3章:登場人物紹介──浜名湖高校柔道部と、愉快なライバルたち
主役は、中学時代のライバル同士だった5人。そこに、女子の仲間と大人たち、そして個性だらけのライバルが加わります。
| 名前 | どんな人物か | ひとこと |
|---|---|---|
| 粉川巧 | 浜名湖高校柔道部の先鋒。はじめは不安定だが、勘の鋭さで土壇場に強い | 主人公。幼なじみの近藤保奈美と恋仲に |
| 杉清修 | 部長。実家は浄土真宗の寺で、丸坊主 | ムードメーカーでギャグ担当。なのに女子にも人気 |
| 斉藤浩司 | 副部長。体が柔らかく、連続技が得意な試合巧者 | 団体戦では大将が多い。中学時代は柔道部の主将 |
| 宮崎茂 | 部内でいちばん小柄。巴投げが得意 | 中学時代は軽量級で県大会ベスト4 |
| 三溝幸宏 | 身長195cmの大型選手。内股や払腰が得意 | 大きな体に、泣き虫な一面 |
| 近藤保奈美 | 柔道部マネージャー。巧の幼なじみ | 他校の選手データを集める行動派 |
| 海老塚桜子 | マネージャーから部員に。運動神経抜群 | 柔道を始めて急成長する |
| 倉田龍子 | 担任で柔道部顧問。剣道三段の数学教師 | 指導はスパルタ式 |
| 倉田典善 | 県警の柔道師範で、龍子の父 | 巧たちの師匠のような存在 |
| 藤田恵 | 三方ヶ原工業高校の強豪。内股が得意で、中学時代に全国優勝 | 巧の終生のライバル |
| 堀内平八郎 | 暁泉学園の主将。パワー型で、ボクシング経験も | 巧と保奈美の幼なじみ |
| 石塚孝裕 | 県内有数の進学校・佐鳴高校の部員 | 女子に人気のライバル |
| 玉城一史 | 沖縄尚北の中心選手 | 全国大会で浜名湖高校の前に立ちはだかる |
好きなキャラTOP3
- 杉清修:お寺の息子で丸坊主の部長。笑わせて、盛り上げて、でも寺の息子だけあって、いざというときは腹が据わっている。こういう人がいる部活は、絶対に強くなります
- 藤田恵:中学で全国の頂点に立った天才。主人公の「終生のライバル」という立ち位置が、この漫画の最後の最後まで効いてきます
- 三溝幸宏:195cmの巨体で、泣き虫。強いのに優しい。強いのによく泣く。このギャップに、何度やられたかわかりません
倉田龍子先生は、剣道三段の数学教師にしてスパルタ顧問という、設定だけでご飯3杯いけるので殊勲賞です。
出典:マンガペディア『帯をギュッとね!』、マンガペディア(2016年8月2日の紹介記事)、マンガペディア(2019年10月8日の紹介記事)
第4章:名場面BEST5(ネタバレあり)
全30巻、名場面だらけです。物語の流れに沿って、泣く泣く5つに絞りました。
第5位:昇段試験の朝と、幻の技「山嵐」
中学3年の巧は、初段の昇段試験へ自転車で急ぐ途中に、車と接触してしまいます。自転車は壊れたのに、本人は無傷。その姿を見ていた県警の柔道師範・倉田典善は、巧を会場まで送り届けます。
そしてその試験で、巧は三溝に対して、タイミングが難しく「幻の技」とも呼ばれる「山嵐」を決める。のちの仲間5人が、はじめて同じ畳の上で出会う瞬間です。
事故、師匠との出会い、そして伝説の技。第1話から、もうこの漫画の「運命の歯車」は回りはじめています。ちなみにこの「山嵐」、現実の柔道史でもとんでもない由来を持った技なんです。その話は第5章で。
第4位:秋の地区大会、幼なじみとライバルを越えて
1年目の秋、高校選手権の地区大会。準決勝の相手は、巧と保奈美の幼なじみ・堀内平八郎が率いる暁泉学園でした。あらすじをまとめた記事によれば、巧は副将戦で堀内に勝利。そして決勝では、終生のライバル・藤田を擁する三方ヶ原工業を破り、全国大会への切符をつかみます。
この大会には、斉藤が倉田典善から奇襲として教わった「谷落とし」や、三溝の「ヴァン・デ・ヴァル投げ」など、見どころが盛りだくさん。部員全員1年生の無名校が、地区の強豪を倒していく。この高揚感は、部活漫画の醍醐味そのものです。
第3位:全国の壁と、沖縄尚北へのリベンジ
はじめての全国大会。浜名湖高校は一回戦で、沖縄尚北の玉城一史らに敗れます。地区では勝てても、全国にはもっと強いやつがいる。その当たり前の現実を、この漫画はちゃんと描きます。
そして2年目のインターハイ全国大会。あらすじ記事によれば、巧は玉城に勝利して、ついにリベンジを果たします。ただし団体戦はベスト8で千駄谷学園に敗れ、個人戦でも巧は決勝で鳶嶋雅隆に一本負け。一歩ずつしか強くなれない。でも、一歩ずつなら、確実に強くなれる。そういう話なんです。
第2位:千駄谷学園との決勝、そして日本一へ
2年目の高校選手権全国大会。決勝の相手は、全国の強豪・千駄谷学園でした。あらすじ記事によれば、巧は大将戦で鳶嶋に勝利。ついに浜名湖高校が日本一になります。
マンガペディアの紹介記事も、千駄谷学園との団体戦と個人戦を「最大の見どころ」と紹介しています。柔道部もなかった学校の1年生5人が、全国の頂点に立つ。一歩ずつの積み重ねが、ここで一気に報われるんです。
第1位:最終話、終生のライバルとの試合が、始まる
物語の最後。大学生になった巧は、全日本選手権に出場します。あらすじ記事によれば、かつての仲間・三溝を破って決勝へ。そして決勝の相手は、藤田。ライバル二人の試合が始まるところで、物語は幕を閉じます。
勝ち負けを描かずに終わる。これには、もうやられました。終生のライバルとは、勝ったり負けたりしながら、ずっと組み合い続ける相手のこと。だからこの試合は、読者の心の中で今も続いている。俺はそう受け取っています。
出典:マンガペディア『帯をギュッとね!』、マンガペディア(2016年8月2日の紹介記事)、マンガペディア(2019年10月8日の紹介記事)、RENOTE「帯をギュッとね!(帯ギュ)のネタバレ解説・考察まとめ」(2024年10月4日)、まんが王国『帯をギュッとね!』
第5章:実在の柔道との対比──「山嵐」と三人の「三四郎」
この章は、都市伝説と歴史好きの俺がいちばん書きたかったところです。「記録で確かめられた事実」と「俺の見立て」を分けて書きます。
幻の技「山嵐」は、実在する(事実)
巧が中学時代に決めた「山嵐」。これは作り話の必殺技ではなく、講道館や国際柔道連盟(IJF)でも正式な名前を持つ、実在の投技(手技)です。
| 年 | 「山嵐」をめぐるできごと |
|---|---|
| 明治時代 | 嘉納治五郎の弟子、西郷四郎の得意技。嘉納は「西郷の前に山嵐なく、西郷の後に山嵐なし」と評したとされる |
| 1920年 | 手技の整理で、分類からいったん外される |
| 1926年 | 『新式柔道』で、理論に偏り実戦に向かない技として掲載が省かれる |
| 1942年 | 富田常雄の小説『姿三四郎』で、西郷をモデルにした主人公が完成させた必殺技として登場 |
| 1982年 | 講道館が投技の名称を定めた際、ふたたび正式な技に |
つまり山嵐は、伝説の柔道家の得意技であり、小説の主人公の必殺技であり、一度は技の一覧から消えた「幻の技」だったわけです。作中で山嵐が「幻の技」と呼ばれるのには、ちゃんと現実の裏付けがあるんです。
連載中に現れた、「平成の三四郎」(事実)
『帯をギュッとね!』の連載の真っ只中、1992年のバルセロナ五輪で、日本柔道に大きなドラマが生まれました。
- 「平成の三四郎」と呼ばれた古賀稔彦さんが、男子71kg級で金メダル。大会前の乱取りで左ひざを大けがし、得意の一本背負投げが使えない状態でつかんだ金でした。ちなみに、その乱取りの相手は吉田秀彦さん
- その吉田さんも、男子78kg級で金メダル
- 女子柔道は、この大会で初めて五輪の正式種目に(1988年のソウルでは公開競技)
- 田村亮子さんが銀メダル。浦沢直樹先生の『YAWARA!』の主人公に重ねられ、「ヤワラちゃん」と呼ばれるように
三人の「三四郎」をつなぐ線(見立て)
ここからは見立てです。山嵐を操った小説の「姿三四郎」。その名を冠した現実の王者「平成の三四郎」。そして同じ時代に、山嵐を決める少年を描いた漫画。柔道の歴史を知ってから読み返すと、巧の山嵐が、明治から続く「三四郎の系譜」に連なっているように見えてくるんです。
ルールは、いまとちょっと違う(事実)
柔道のルールは、連載当時から大きく変わっています。たとえば「有効」は、2017年に国際ルールからいったん消え、2025年に復活しました。今の試合を見慣れている人は、「これは当時のルールの試合」と思って読むと、もっと楽しめます。
舞台・浜松の地名と、家康の都市伝説(事実+見立て)
作中の校名には、浜松の地名にちなんだものが多く登場します。たとえば、巧たちの前に立ちはだかる「三方ヶ原工業」。三方ヶ原といえば、1573年に、徳川家康が武田信玄に大敗した「三方ヶ原の戦い」の舞台です。場所は浜松のすぐ北。この戦いで、家康軍はほぼ壊滅して退却しました。
この戦いには、有名な「都市伝説」があります。大敗した家康が、浜松城に戻るとすぐに、惨めな自分の姿を絵師に描かせ、慢心の戒めにした。それが「しかみ像」だ、という話です。ところが研究者の原史彦さんは、この絵が三方ヶ原で敗れた家康の姿だという話は、1936年より前にさかのぼれないと指摘しています。つまり、昔からある逸話だと思われていた話が、実は比較的新しい「作られた伝説」かもしれない。こういう話、大好物です。
ここからは見立てです。家康にとって三方ヶ原は、人生でいちばんの大負けの地。その名を冠した強豪校に、無名の新設チームが挑む。地元出身の作者ならではの、いいネーミングだと思います。
出典:山嵐 (柔道)(Wikid)、マンガペディア『帯をギュッとね!』、Toshihiko Koga(英語版Wikipedia)、Judo at the 1992 Summer Olympics(英語版Wikipedia)、Yawara!(英語版Wikipedia)、Judo rules(英語版Wikipedia)、マンガペディア(2019年10月8日の紹介記事)、Battle of Mikatagahara(英語版Wikipedia)、プレジデントオンライン(河合敦、三方ヶ原の戦い、2023年2月25日)
第6章:源流と影響──柔道漫画の「新しい波」
この章も、「記録で確かめられた事実」と「俺の見立て」を分けて書きます。
源流:熱血根性の柔道漫画(事実+見立て)
マンガペディアの紹介記事は、この作品を『柔道一直線』や『柔道賛歌』のような熱血根性ものとは一線を画す作品だと紹介しています。ここまでは事実です。
ここからは見立てです。根性と特訓で強くなる、という「柔道漫画の王道」があったからこそ、「NEW WAVE JUDO COMIC」という看板に意味が生まれる。おちゃらけて、恋もして、でも畳の上では大真面目。この作品は、熱血の系譜を否定したのではなく、そこに「楽しい」を足したんだと思います。
同時代:柔道漫画の黄金時代(事実)
1980年代後半から1990年代前半にかけて、柔道を描いた名作が並んで走っていました。
| 作品 | 作者 | 掲載誌 | 連載 |
|---|---|---|---|
| 『柔道部物語』 | 小林まこと | 週刊ヤングマガジン | 1985〜1991年(全11巻) |
| 『YAWARA!』 | 浦沢直樹 | ビッグコミックスピリッツ | 1986〜1993年(全29巻) |
| 『帯をギュッとね!』 | 河合克敏 | 週刊少年サンデー | 1988〜1995年(全30巻) |
ここからは見立てです。青年誌には『柔道部物語』と『YAWARA!』があり、少年誌には『帯ギュ』があった。しかもその真っ只中に、バルセロナで古賀さんたちが金メダルを取る。俺たち1980年生まれは、漫画と現実の両方で柔道を浴びながら育った世代なんです。かく言う俺も、そんな時代に中学の柔道部に入った一人。バルセロナの夏は、ちょうど中学1年の夏でした。
影響:河合作品の「部活の味」は、ここから始まった(見立て)
この作品から影響を受けたと明言した他の作品は、今回の調べでは見つけられませんでした。ただ、河合先生自身の作品を並べると、バトンははっきりつながって見えます。競艇の世界を描いた『モンキーターン』も、高校の書道部を描いた『とめはねっ!』も、「よく知らない競技に、仲間と一緒にのめり込んでいく」物語。その原型は、まちがいなくこの浜名湖高校柔道部です。
出典:マンガペディア(2016年8月2日の紹介記事)、Judo-bu Monogatari(英語版Wikipedia)、Yawara!(英語版Wikipedia)、マンガペディア『帯をギュッとね!』、Judo at the 1992 Summer Olympics(英語版Wikipedia)、マンガペディア「河合克敏」
第7章:単行本とメディア展開──映像化されていない、だからこそ
何度も出し直されてきた単行本(事実)
| 版 | 巻数 | 刊行時期 |
|---|---|---|
| 少年サンデーコミックス | 全30巻 | 1989年9月〜1996年4月 |
| ワイド版 | 全15巻 | 1998〜2001年 |
| 小学館文庫 | 全16巻 | 2002〜2004年 |
| 電子版 | 全30巻 | 主要な電子書店で配信 |
連載が終わったあとも、ワイド版、文庫版と形を変えて出し直されてきた。それだけ、読み継がれてきた作品だということです。
映像化は、今回の調べでは見つからず(事実)
意外に思う人も多いと思いますが、『帯をギュッとね!』のアニメ化や実写化は、今回の調べでは見つかりませんでした。また、小学館漫画賞を受賞したのは、次の作品『モンキーターン』の方です。
つまり『帯ギュ』は、賞や映像化の力を借りずに、純粋に「漫画の面白さ」だけで、その世代の読者の心に残り続けているんです。これ、実はいちばんすごいことだと俺は思います(ここは見立てです)。
そして、次の波へ(事実)
『帯ギュ』の完結から1年もたたない1996年、河合先生は競艇漫画『モンキーターン』を週刊少年サンデーで始めます。この作品は第45回(1999年度)小学館漫画賞の少年部門を受賞し、2004年にはテレビ東京でTVアニメ化(全50話)されました。
ここからは見立てです。『帯ギュ』で磨かれた「部活と仲間と、ちょっとの恋」の描き方が、次の作品で花開いた。そう考えると、『帯ギュ』は河合克敏という作家の「黒帯取得」の物語でもあったのかもしれません。
出典:マンガペディア『帯をギュッとね!』、まんが王国『帯をギュッとね!』、マンガペディア「河合克敏」、Monkey Turn(英語版Wikipedia)、Shogakukan Manga Award(英語版Wikipedia)
第8章:深掘り考察──『帯ギュ』がいまも色あせない、三つの理由
連載が終わってから30年以上。それでも読み返したくなるのはなぜなのか。3つに絞って考えてみました。
理由1:「根性」より「楽しい」で強くなるから
マンガペディアの紹介記事は、この作品の魅力を「同級生5人が柔道を楽しみながら強くなろうと切磋琢磨する姿」だと書いています。
ここが、いちばんの発明だと俺も思います。特訓もある。つらい練習もある。でも、その合間に、だらだらした会話や、恋の悩みや、くだらない悪ふざけがある。その全部があるから、畳の上の真剣さが、かえって際立つんです。部活って、本当はこういうものですよね。
理由2:「ゼロから作る」物語だから
強豪校に入って、伝統の中でもまれるのではない。柔道部もない学校で、1年生だけで部を作る。実績も、伝統も、全部これから。
だからこの物語は、強くなる話であるのと同時に、「居場所を自分たちで作る話」でもあるんです。大人になって新しいことを始めるとき、この感覚は、かなり効いてきます。
理由3:本物の柔道と、本物の町があるから
作者は柔道経験者で、浜松の出身。山嵐や谷落としといった本物の技が、浜松の地名をもつ学校の畳の上で飛び交う。作り物の物語なのに、地面がちゃんと現実とつながっている。だから何年たっても、嘘っぽくならないんだと思います。
俺の結論
『帯をギュッとね!』は、柔道の形をした、「仲間と居場所を作る」物語です。柔道を知らない人にも、部活をとっくに卒業した大人にも、たぶんいちばん効くのは、そこです。
出典:マンガペディア(2019年10月8日の紹介記事)、マンガペディア(2016年8月2日の紹介記事)、マンガペディア『帯をギュッとね!』
第9章:もし実写化するなら──俺の妄想キャスティング
※ここから先は、完全に俺の妄想です。関係者の皆様、どうか笑って許してください。
第7章で書いたとおり、『帯ギュ』の映像化は今回の調べでは見つかりませんでした。ならば、妄想のしがいもあるというものです。
| 役 | 妄想キャスト | 理由 |
|---|---|---|
| 粉川巧 | 高橋文哉さん | 2019年の『仮面ライダーゼロワン』で、主人公の飛電或人を演じた人。ちょっとおちゃらけて、でも土壇場では顔つきが変わる。巧の「勘の鋭さ」を、目で見せられるはず |
| 近藤保奈美 | 森七菜さん | 映画『天気の子』で、ヒロインの天野陽菜の声を演じた人。ひたむきに誰かを応援する、まっすぐな明るさが似合う |
| 倉田龍子 | 黒木華さん | 映画『小さいおうち』で、第64回ベルリン国際映画祭の銀熊賞(女優賞)を取った人。穏やかな顔で、スパルタな剣道三段の数学教師。そのギャップを、この人で見たい |
| 倉田典善 | 篠原信一さん | 2000年のシドニー五輪、男子100kg超級の銀メダリスト。判定をめぐる大揺れの決勝のあと、自分を責めた姿が忘れられません。本物の柔道家に、本物の師匠を演じてほしい |
そして監督は、映画『ちはやふる』の小泉徳宏さんにお願いしたい。競技かるたという「よく知らない競技」の部活を、最高に熱い青春映画にした人です。河合作品との相性は、抜群だと思います。
XRの仕事をしている身としては、もうひとつ妄想を。VRで「山嵐をかけられる側」を体験できたら、どうでしょう。一瞬で天井が回る、あの感覚。中学の道場で何度も味わったやつです。……元柔道部の意地で、リビングでも受け身だけは取ってみせます。
出典:Fumiya Takahashi(英語版Wikipedia)、Nana Mori(英語版Wikipedia)、Haru Kuroki(英語版Wikipedia)、nippon.com「What Lies Ahead for Japanese Jūdō?」、Chihayafuru Part 1(英語版Wikipedia)
第10章:46歳の俺が、いま『帯をギュッとね!』を読み返して思うこと
8歳から15歳まで、一緒に走った漫画
連載が始まった1988年12月、俺は8歳。完結した1995年は15歳。巧たちが高校で部を作り、日本一になるまでのあいだに、俺は小学生から中学生になりました。あのころの俺にとって、高校生は「大人」でした。その大人たちが、おバカをやりながら全力で何かに打ち込む姿に、ちょっとだけ先の未来を重ねていた気がします。
2つの漫画に背中を押されて、俺は畳に上がった
「はじめに」でも白状しましたが、俺が中学で柔道部に入ったのは、2つの漫画に背中を押されたからです。そのうちの1冊が、この『帯ギュ』。もう1冊は……それはまた、別のクエストで。
ちょっと先の未来を重ねていた高校生たちと同じ柔道着を、本当に着ちゃったわけです。中学時代は柔道に打ち込みました。その甲斐あって、団体戦では関東大会まで行けたんです。
……はい、補欠です(2回目)。
いいんです。団体戦は、チーム全員で戦うものなんで。ちなみに、5人ぴったりで始まった浜名湖高校柔道部には、補欠という概念すらありませんでした。うらやましい。
漫画を読んで、本当に畳の上で投げられまくる側になった。俺の人生を、ちょっとだけ動かした1冊です。バイブル考察と名乗る以上、これを語らずにはいられません。
高校生の息子を持ついま、親の目線で読む
46歳のいま読み返すと、目線がまるで違います。気づけば倉田典善さんや龍子先生の方に、自分を重ねている。
高校生の息子を持つ父親として、何かに夢中になれる仲間がいることの尊さが、いまは痛いほどわかります。勝っても負けてもいい。でも、「あいつらと一緒にやり切った」という記憶は、たぶん一生ものです。いつか息子にこの漫画をそっと渡してみようか。……「古っ」と言われたら、山嵐です。
「部がないなら、作ればいい」
この漫画でいちばん好きなのは、結局ここかもしれません。入った高校に柔道部がなかった。じゃあ、自分たちで作ろう。
俺もいま、「ないなら作る」をやろうとしています。映画やドラマのスチールカメラマンを20年、いまはXRの仕事。そしてこれから、ゼロから農業を始めようとしている。46歳の新入部員です。巧たちには倉田典善さんがいたように、俺にも教えてくれる人たちがいる。中学で一度締めた帯を、もう一度ギュッと締め直す。それに、遅すぎることはない。この漫画は、今の俺にそう言ってくれている気がします。
元スチールカメラマンとして:投げの「一瞬」
20年、動く人を撮ってきた身として言うと、柔道の投げのような動きを写真一枚で伝えるのは、本当に難しいはずです。組み合いから技に入るまでは一瞬で、シャッターを切るのが少しでも遅れれば、もう人は畳に落ちている。
漫画はその一瞬を、自分で選んで描ける。でも、どの瞬間を選ぶかで、技の遅い速いも、重さも、読者に伝わるかどうかが決まる。『帯ギュ』の投げのコマを見ていると、「この人、いちばんおいしい一瞬を知ってるな」と思うんです。柔道経験者の目と、漫画家の目。その両方があるからできることだと思います。
出典:マンガペディア(2019年10月8日の紹介記事)、マンガことば『帯をギュッとね!』
第11章:これから『帯をギュッとね!』を読む人へ──どの版で、どの順番で
いまから読むなら、選択肢は大きく4つです。
| 版 | 巻数 | こんな人に |
|---|---|---|
| 少年サンデーコミックス | 全30巻 | 当時の形でそろえたい人。古本屋で探すのも楽しい |
| ワイド版 | 全15巻 | 少ない冊数でまとめて読みたい人 |
| 小学館文庫 | 全16巻 | 本棚のスペースを節約したい人 |
| 電子版 | 全30巻 | 今日すぐ読みたい人 |
どの版でも、物語は同じです。これからそろえるなら、手に入れやすい版で大丈夫。
俺のおすすめの読み方
- まずは第1巻から。昇段試験の朝の事故から、仲間がそろうまで。ここでハマれば、もう最後まで止まりません
- 初めての全国大会で負けるところまで、一気に。「全国の壁」を知ってからの後半が、本当の勝負です
- 最終巻は、時間のある夜に。読み終わったあと、しばらく余韻から抜けられません
読む前に知っておきたいこと
- 連載は1988〜1995年。スマホもSNSもない時代の高校生たちです。その「不便さ」も、いま読むと味わいになります
- 柔道のルールは、当時といまでは違うところがあります。第5章で書いたとおり、「当時のルールの試合」と思って読むのがおすすめです
- 柔道を知らなくても大丈夫。マンガペディアの紹介記事も、未経験者でも楽しめる柔道マンガとして紹介しています
出典:マンガペディア『帯をギュッとね!』、まんが王国『帯をギュッとね!』、マンガペディア(2016年8月2日の紹介記事)、Judo rules(英語版Wikipedia)
おわりに──何歳になっても、帯は締め直せる
長々と語ってきましたが、最後に。
『帯をギュッとね!』は、柔道部のない学校で、5人の1年生が居場所を作り、日本一まで駆け上がる物語です。でも本当に大事なのは、勝ったことより、そこに至るまでの、おバカでまっすぐな毎日の方なんだと思います。
この漫画に背中を押されて畳に上がった中学生も、46歳になりました。でもこの漫画を開くと、今でもちょっとだけ背筋が伸びます。何歳になっても、帯は締め直せる。そう信じて、俺も新しい畳に上がってみます。
河合克敏先生。あのころの俺たちに、最高の部活を見せてくれて、ありがとうございます。
次回予告:バイブル考察⑭『柔道部物語』
俺を柔道部に入れた「もう1冊」、小林まこと先生の『柔道部物語』を語ります。「この作品を語ってくれ!」というリクエストは、X(@bambooquest)までどうぞ。
ではまた、次のクエストで!