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【バイブル考察⑧】大友克洋『童夢』を語らせろ!──団地で起きる超能力戦、『AKIRA』と『イノセンツ』に受け継がれた「見えない力」の原点

はじめに──団地の公園で、音もなく世界が壊れる漫画っす

ども、バンブークエストっす。

前回の『PSYREN―サイレン―』で、都市伝説と超能力の話をたっぷりしました。その流れで『超人X』まで追いかけていたら、どうしても戻りたくなったんす。超能力漫画の「源流」に。

というわけで、バイブル考察⑧は大友克洋先生の『童夢』です。

『童夢』って聞いただけで、団地の公園のブランコがキィ……と鳴る音が聞こえます!!!(幻聴っす。46歳なんで)

舞台は、どこにでもあるマンモス団地。そこで、老人と少女がたった二人で戦う。派手な必殺技も、叫び声もない。なのに、日本のマンガ表現をまるごと塗り替えてしまった一冊です。一言でいうなら「団地×超能力×孤独」。

しかも『童夢』は1冊で完結します。それでも今回は、いつも以上にじっくり行きます。この1冊から、どれだけの作品が生まれたのか。『AKIRA』はもちろん、北欧映画『イノセンツ』、浦沢直樹さん、松本大洋さん、今敏さんまで。『童夢』の「子どもたち」を、一人ずつ紹介していきます。

単行本が出た1983年、俺は3歳。リアルタイムでは読めていません。でも、集合住宅に暮らす46歳のいま読むと、あの団地がまったく他人事じゃないんですよ。

行きますよ。今回もモリモリで。


⚠️ 関係者の皆様、なにか不都合な点などございましたらすぐにご連絡ください。当記事は即刻削除いたします。

※ここから先はネタバレを含みます。結末にも触れています。

©大友克洋

第1章:作品概要──1冊で日本のマンガを変えた、団地の超能力戦

『童夢』は、大友克洋先生が1980〜1981年に雑誌で発表し、1983年に単行本になった全1巻の作品です。マンガとしては初めて、日本SF大賞を受賞しました。

項目内容
作者大友克洋
初出1980年1月〜1981年7月、双葉社の増刊誌(「アクションデラックス」特別増刊ほか)に全4話を掲載
単行本1983年、双葉社アクションコミックス。最終回を中心に大幅に加筆され、百ページ近く増えた
豪華版1984年、原稿原寸のB4判・函入りで限定5000部
全集版2022年1月21日、講談社「大友克洋全集」の第1回配本。B5変型、税込2,970円
受賞1983年 第4回日本SF大賞(マンガとして初)、1984年 第15回星雲賞コミック部門

ざっくりあらすじ

舞台は、巨大なマンモス団地「堤団地」。英語版Wikipediaによると、ここでは3年のあいだに32件もの不審死が起きています。

山川と高山の刑事たちが捜査を進めますが、手がかりはつかめません。屋上から巡査が転落死し、拳銃が消える。やがて捜査を指揮する山川自身も、犠牲になってしまいます。

犯人は、団地に住む老人「チョウさん」。超能力で人を操り、宙にも浮かぶ。命を奪った住人の持ち物を、戦利品のように集めています。

そこへ引っ越してくるのが、小学生の悦子。彼女もまた超能力者で、チョウさんの「イタズラ」に真っ向から立ちはだかります。

老人と少女。見た目はまるで違う、ふたりの「子ども」による、大人たちの誰も気づかない戦争が始まります。

【購入】

出典:『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)、リアルサウンド ブック(2025年3月)、講談社『童夢』全集版、丸善ジュンク堂

第2章:大友克洋という作家──『童夢』から『AKIRA』へ

大友克洋先生は、『童夢』のあとに『AKIRA』を描き、自ら監督したアニメ映画で世界を変えた作家です。2015年には、フランスのアングレーム国際漫画祭で、日本のマンガ家として初めてグランプリに輝いています。

年できごと
1954年4月14日、宮城県(現在の登米市)に生まれる
1973年メリメの短編『マテオ・ファルコーネ』を翻案した『銃声』でデビュー
1979年作品集『ショート・ピース』を刊行。未完のSF『Fireball』には、のちのテーマの多くが詰まっている
1980〜1983年『童夢』を発表し、単行本化。日本SF大賞と星雲賞を受賞
1982年〜『AKIRA』をヤングマガジンで連載(約8年)
1988年アニメ映画『AKIRA』を監督
1995年オムニバス映画『MEMORIES』で製作総指揮
2004年アニメ映画『スチームボーイ』を監督
2006年実写映画『蟲師』を監督
2013年紫綬褒章
2015年アングレーム国際漫画祭グランプリ(日本のマンガ家で初)
2022年〜講談社『大友克洋全集』の刊行が始まり、第1回配本が『童夢』

「背景が主役」という発明

『童夢』をひらいてまず驚くのは、団地の描き込みです。背景美術のアッツーさんはインタビューで、こう言い切っています。

『童夢』なんて完全に背景が主役ですよね。

その背景は、アシスタントの高寺彰彦さんや末武康光さんらが担当しました。しかも大友先生は、最初から構成をきっちり決めてから描いたそうです。英語版Wikipediaには、本人がこの作品を「映画一本分の絵コンテのようなもの」と語った言葉も残っています。

スチールカメラマンの目で見ると、大友克洋の絵は「パンフォーカス」なんです。手前の人物から、奥のベランダの洗濯物まで、全部にピントが合っている。人間の視線ではなく、「団地そのものの視線」で撮られた写真。だから読者は、どこにも逃げ場がないんです。

出典:Katsuhiro Otomo(英語版Wikipedia)、文春オンライン(アッツーさんインタビュー、2022年11月19日)、『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)

第3章:登場人物紹介──チョウさん、エッちゃん、そして団地の人々

主役は、団地に住む老人チョウさんと、小学生の悦子(エッちゃん)。この二人を囲むのは、刑事たちと、ごく普通の団地の住人たちです。

名前どんな人物かひとこと
チョウさん団地に住む老人。超能力で人を操り、宙にも浮かぶ。命を奪った住人の持ち物を、戦利品のように集めている見た目は好々爺、中身は残酷な子ども。この落差が怖い
悦子(エッちゃん)一家で団地に越してきた小学生。超能力を持ち、チョウさんの「イタズラ」に立ちはだかる。母の実家は京都愛称の「エッちゃん」は、石ノ森章太郎『さるとびエッちゃん』へのオマージュ
山川連続不審死の捜査を指揮する刑事山川と高山のコンビは、大友先生の別の短編にも登場する
高山捜査員の刑事。シャーマンの野々村を訪ねる刑事ドラマの世界から、オカルトの世界へ足を踏み入れる人
岡村部長山川の後任として着任し、捜査を引き継ぐ謎の死の重さを、そのまま背負わされる
野々村高山刑事が訪ねたシャーマン。子どもに気をつけるよう告げ、逃げ帰ってしまう出番は短いのに、オカルト好きの心をわしづかみにする
吉川ひろしと父アル中の父を持つ少年。父はチョウさんに拳銃を渡され、悦子を襲う弱った大人ほど、いちばん操られやすい
藤山良夫(ヨッちゃん)悦子と仲良くなる友だち悦子が守りたい「日常」そのもの
佐々木勉団地に住む浪人生。チョウさんに操られて悦子を襲う受験の重圧を抱えた若者が、いちばん危うい
悦子の母終盤、暴走する悦子を抱きしめるこの作品でいちばん強いのは、たぶんこの人

好きなキャラTOP3

  1. 悦子(エッちゃん):大人も敵わない力と、母にすがって泣く幼さ。その両方を一人で抱えている
  2. チョウさん:悪役なのに、団地で孤独に暮らす老人として妙にリアル。だから怖い
  3. 野々村:わずかな出番で、この団地に何かがいることを一瞬で伝える名脇役

出典:『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)

第4章:名場面BEST5──団地が戦場になる瞬間(ネタバレあり)

『童夢』の名場面は、どれも「音が小さい」のが特徴です。叫ばず、説明せず、絵だけで世界を壊していく。ここからは結末にも触れるので、未読の人は第5章へ飛んでください。

第5位:見開きの団地に、小さく「どさッ」

人が落ちた音が、見開き2ページにみっしり描かれた団地のなかに、小さく「どさッ」とだけ書かれる。人の死が、巨大な団地のなかではこんなに小さい。この一コマで、作品の温度が決まります。

第4位:悦子、幼い子の転落を止める

チョウさんが仕掛けた幼い子の転落を、引っ越してきたばかりの悦子が超能力で止める。読者が「この団地には、超能力者が二人いる」と知る瞬間です。ここから物語は、推理ドラマから超能力戦へと姿を変えます。

第3位:団地上空の決戦、そして母の腕のなか

悦子とチョウさんが、団地の上空でぶつかる。チョウさんがガス爆発を起こし、激情した悦子が破壊を広げていく。それを止めたのは、母と抱き合って我に返った悦子自身でした。

小学生の娘を持つ父親としては、ここがいちばん泣けます。どんなに強い力を持っていても、子どもは子どもなんですよね。

第2位:丸く歪んだ壁に、めり込むチョウさん

球体状の「力」で壁に押し付けられ、丸く歪んだ壁にめり込んでいくチョウさん。「見えない力」を、壁の形だけで見せてしまう。『童夢』といえばこの絵、という人も多いはずです。

2012年の原画展「大友克洋GENGA展」では、このへこんだ壁が会場に再現されました。マンガ評論家の夏目房之介さんが、その前で記念写真を撮ってもらったとブログに書いているほどです。

第1位:春の公園、無音の決着

真昼間の団地。集合住宅に囲まれた平和そのものの公園で、超能力者の「子ども」二人が、音もなく死闘を繰り広げます。力のぶつかり合いを伝えるのは、遠くで割れるガラスと、歪むブランコの柱だけ。

大人たちは誰も気づかず、異変を感じ取るのは子どもたちだけ。そしてチョウさんは、ひっそりと息を引き取ります。

超能力バトルの頂点が、ベンチとブランコだけで描かれる。こんな決着、俺はほかに知りません。あとで紹介する映画『イノセンツ』も、この場面の子孫と言っていい作品です。

出典:リアルサウンド ブック(2025年3月)、『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)、夏目房之介のブログ(2012年5月)

第5章:『童夢』の子どもたち──インスパイアされた作品とクリエイター

『童夢』の影響は、マンガだけでなく、北欧やハリウッドの映画にまで届いています。ここでは、本人の発言や記録で確かめられるものだけを集めました。

作品編

作品発表・公開『童夢』とのつながり
『AKIRA』(大友克洋)マンガ1982年〜、映画1988年宙に浮く超能力者や、一方向へほとばしる「力」の描き方が共通。リアルサウンドは『童夢』を「プレ『AKIRA』」と評し、米国のマンガ家シェイナン・ギャリティさんは「『AKIRA』の試運転」と書いている
映画『イノセンツ』(エスキル・フォクト監督)2021年、日本公開は2023年7月28日監督自身が「この映画の最も重要な参照元」と明言。撮影監督と一緒に『童夢』の絵を研究した
映画『LOOPER/ルーパー』(ライアン・ジョンソン監督)2012年監督が、作中の念動力の描き方を『童夢』になぞらえている

とくに『イノセンツ』は必見です。ノルウェーの集合住宅で、夏休みに不思議な力に目覚めた子どもたちの遊びが、だんだん狂気に変わっていく。日本公開時の記事で、フォクト監督は大友作品をこう語っています。

大友監督の世界は非常にリアルでありながら、スタイリッシュ。作品作りにおいて非常にインスピレーションを得ました。

『童夢』を読んでから観ると、公園やブランコの使い方に「あっ」と声が出ます。

クリエイター編

人代表作『童夢』について
浦沢直樹『MASTERキートン』『MONSTER』『20世紀少年』手塚治虫『新寶島』と並ぶ、マンガ史の二大衝撃のひとつに挙げた
松本大洋『鉄コン筋クリート』『ピンポン』『童夢』を読んで、マンガ家になると決めた
今敏『PERFECT BLUE』『パプリカ』影響を公言。映画にしたいマンガをひとつ選ぶなら『童夢』だと語った
鈴木祐斗『SAKAMOTO DAYS』インスピレーションの源のひとつに挙げている
堀淵清治VIZ Mediaの創業者マンガにのめり込むきっかけのひとつになった
アッツー背景美術『童夢』をきっかけに、見開きを背景で埋めて人物を小さく描く「引きの絵」が増えたと語る

バイブル考察④で語った『MASTERキートン』の浦沢直樹さんが、『新寶島』と並べるほどの衝撃。そして松本大洋さんは、この一冊で人生の進路を決めた。『童夢』は、マンガ家を生むマンガなんです。

幻の映画化──リンチとデル・トロ

『童夢』には、世界的な監督たちが挑んだ「幻の映画化」の歴史があります。

  • 1990年代:バンダイが映画化を企画。ニロ・ロディス=ジャメロが脚本を書き、デヴィッド・リンチを監督に招きました。大友先生も脚本に満足し、リンチも前向き。ところが、企画を担ったプロパガンダ・フィルムズとリンチの関係が悪化して、実現しませんでした
  • 1999年:タッチストーン・ピクチャーズで、ギレルモ・デル・トロ監督による映画化が報じられました。2006年には大友先生が、デル・トロに権利を渡したと語っています
  • その後:権利はバンダイ側に戻り、大友先生自身が7分間のパイロット映像を制作。2016年のアングレーム国際漫画祭と、2023年に新潟で上映されています

ちなみに1984年には、計画されていた映画のためのサウンドトラック(伊豆一彦作曲)まで、キングレコードから発売されています。映画より先に音楽だけが世に出る。これも一種の都市伝説みたいな話っす。

リンチ版もデル・トロ版も、観たかった……! どっちも、団地がとんでもないことになってたはずです。

出典:Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)、Screen Slate(フォクト監督インタビュー)、ジョルダン映画(『イノセンツ』日本公開)、映画.com『イノセンツ』、リアルサウンド ブック、文春オンライン(アッツーさん)、『童夢』(日本語版Wikipedia転載)

第6章:『童夢』の源流──大友克洋が受け取ったもの

『童夢』は、ゼロから突然生まれたわけではありません。実在の団地、先輩マンガ家たち、そして海の向こうの絵描きまで、いくつもの水脈が流れ込んでいます。

源流『童夢』に流れ込んだもの
高島平団地(東京都板橋区)当時、ここで飛び降りが相次いでいたことに着想を得て、舞台を日本の団地にした
芝園団地(埼玉県川口市)作中の「堤団地」のモデル。警察署は、旧川口警察署の庁舎が参考になっている
石ノ森章太郎大友先生は『マンガ家入門』でマンガの描き方を学んだ。悦子の愛称「エッちゃん」は『さるとびエッちゃん』へのオマージュ
水木しげる大友先生は、背景の大切さを水木作品から学んだと語っている
メビウス(ジャン・ジロー)フランスのマンガ家。大友先生の最大の影響源のひとつとして、よく名前が挙がる
手塚治虫・横山光輝子どものころ、『鉄腕アトム』と『鉄人28号』を模写して育った
未完の『Fireball』(1979年)のちの大友作品のテーマが詰まった、もうひとつの源流

俺がグッときたのは、水木しげる先生の名前です。妖怪が出てくるのは、いつも「ちゃんと描かれた日常の風景」のなか。だから怖い。『童夢』のチョウさんも、描き込まれた団地という「日常」のなかにいるからこそ、あんなに怖いんです。妖怪漫画の文法を、SFでやってみせた。俺はそう読んでいます。

そして、子どものころに模写したのが『鉄腕アトム』と『鉄人28号』。少年が巨大な力をふるう物語を、大友先生は「少女と老人」で、しかも「見えない力」で描き直したんじゃないか。そう考えると、日本のマンガ史が一本の線でつながって見えてきます。

出典:『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、マイナビニュース「東京団地ミステリー」、Katsuhiro Otomo(英語版Wikipedia)、Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)

第7章:都市伝説・実在ネタとの対比──団地という舞台の正体

『童夢』の怖さの半分は、舞台が「本当にある団地」だということです。モデルになった団地と、作品が生まれた時代の空気を、都市伝説好きの目でたどってみます。

① 高島平団地と、相次いだ飛び降り

高島平は、1970年代に一気に開発された巨大団地の街です。板橋区の資料には、1971年(昭和46年)の「建設中の団地」の写真が残っています。

その高島平団地で、当時は飛び降り自殺が相次いでいました。大友先生はそこに着想を得て、『童夢』の舞台を日本の団地にしたとされています。

人がたくさん住む場所ほど、ひとりの孤独は見えなくなる。第4章で紹介した見開きの「どさッ」は、その事実をいちばん静かに描いた一コマだと思います。そしていまの高島平は、住人の高齢化や空室の増加という、別の課題と向き合っています。

② 芝園団地は、いま「多文化共生」の最前線

堤団地のモデルになったのは、埼玉県川口市の芝園団地です。2019年の記事によると、ここでは5000人弱の住民の半数強が外国人で、その大半は中国の人たちだそうです。

超能力者がひっそり死闘をした団地は、いま、国境を越えた隣人たちがともに暮らす団地になっている。「違う力を持つ者と、どう隣り合うか」。『童夢』が描いた問いは、形を変えて、いまもあの団地にあるのかもしれません。

③ 1974年、日本中がスプーンを曲げた

1974年2月21日、超能力者を名乗るユリ・ゲラーが初来日します。3月7日放送の日本テレビ『木曜スペシャル』で、フォーク曲げや透視を披露。テレビの前の視聴者にも家のスプーンを曲げさせるパフォーマンスで、日本中にスプーン曲げブームを巻き起こしました。

『童夢』の掲載が始まるのは、そのわずか6年後の1980年。超能力が「テレビの向こうの見世物」だった時代に、大友先生はそれを団地の公園に置きました。派手なショーではなく、誰にも見えない静かな殺し合いとして。この「見世物じゃない超能力」こそ、『童夢』が時代を超えた理由だと俺は思います。

④ 大人には見えない、子どもの世界の怖さ

『童夢』の最後の戦いに気づくのは、子どもたちだけでした。

そして、『童夢』の掲載が始まる直前の1979年は、口裂け女の大ブームの年です。怪談研究家の吉田悠軌さんによれば、この噂は1970年代半ばから後半にはすでに全国に広まっていて、子どもたちがその変化を敏感に感じ取りながら、呼び名まで変えていったそうです。

大人の知らないところで、子どもたちだけが何かを知っている。それを大人は「子どもの遊び」だと思っている。『童夢』は、都市伝説が生まれる「子どもの世界」そのものを、SFとして描いた作品でもあるんです。

出典:『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、板橋区立郷土資料館、マネーポストWEB(2020年12月12日)、マイナビニュース「東京団地ミステリー」、現代ビジネス(2019年10月11日)、文春オンライン(ユリ・ゲラー来日、2020年12月12日)、文春オンライン(口裂け女、2022年5月15日)

第8章:深掘り考察──『童夢』が「神」たる3つの理由

俺が『童夢』を「神」と呼ぶ理由は3つです。見えない力を絵にしたこと。団地を主役にしたこと。そして、タイトルどおり「子どもの夢」を描き切ったこと。

理由①「見えない力」を、壁とガラスで描いた

超能力は、本来は絵に描けません。だから大友先生は、力そのものではなく、力が通ったあとの「結果」を描きました。丸く歪む壁。遠くで割れるガラス。ぐにゃりと曲がるブランコの柱。

写真をやっていると、よくわかります。風は写真に写りません。でも、なびく髪や揺れる木なら写る。大友克洋は、超能力を「なびく髪」で撮ったんです。だから読者は、力の重さを自分の頭のなかで感じることになる。

理由② 団地そのものが「主役」

『童夢』では、どのコマを開いても、背景が集合住宅で塞がっています。空が、ほとんど見えない。この閉塞感が、読んでいるあいだずっと胸を圧迫してきます。

映画やドラマの現場では、「ロケ地はもう一人の主役」とよく言います。『童夢』は、それをマンガでやり切った作品です。展望と孤独、便利さと匿名性。昭和の団地が抱えていた光と影が、全部この背景に詰まっているんです。

理由③ タイトルどおり、「子どもの夢」の物語

英語版のタイトルは『Domu: A Child's Dream』。そのまま訳せば「ある子どもの夢」です。

チョウさんは老人ですが、やっていることは子どもの「イタズラ」です。人の命を奪っては、その持ち物を宝物のように集める。そして悦子は、本当の子ども。つまりこれは、二人の「子ども」の喧嘩なんです。

だから、大人には最後まで見えない。異変に気づくのは、公園にいた子どもたちだけ。「童」の「夢」。タイトルの二文字が、そのまま結末になっている。この構成を最初から決めて描いていたとしたら、もう言うことがありません。

46歳の俺は、たぶんもうあの公園の戦いに気づけない側の人間です。だからこそ、読み返すたびにゾッとするんですよね。

出典:リアルサウンド ブック(2025年3月)、Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)、『童夢』(日本語版Wikipedia転載)

第9章:実写化キャスティング──俺が監督ならこうする!

リンチもデル・トロも実現できなかった『童夢』の実写化。せっかくなので、映画とドラマの現場に20年いた元スチールカメラマンが、勝手に組んでみます。

役キャスト理由
監督黒沢清『CURE』『クリーピー 偽りの隣人』。日常のすぐ隣にある恐怖を撮らせたら、右に出る人はいない
チョウさん柄本明好々爺の笑顔と、底の知れない不気味さを、一瞬で切り替えられる人
悦子(エッちゃん)オーディションで新人をこの役だけは、まだ誰も知らない子がいい。「見つかる瞬間」ごと撮りたい
悦子の母安藤サクラ暴走する娘を抱きとめる強さと、ごく普通の母親らしさ。その両方を一人で出せる
山川遠藤憲一叩き上げの刑事の重み。そして、いなくなったあとの喪失感まで
高山刑事仲野太賀理屈の世界からオカルトへ踏み込んでいく戸惑いを、いちばん自然に演じられそう
吉川(ひろしの父)光石研弱った大人の哀しさを、この人以上に出せる俳優を俺は知らない
スチール俺団地の屋上から、望遠でずっと狙ってます(半分は本気です)

悦子役だけ名前を出していないのは、わざとです。子役さんをネットで勝手に名指しするのは避けたいし、何より『童夢』の悦子は、「どこにでもいそうな子」であることが大事だと思うんです。

ちなみに、柄本明さんと安藤サクラさんは義理の親子。チョウさんと悦子の母が、団地の廊下ですれ違うだけのシーン。それだけで空気が変わるはずです。

本物の映像化でいちばん近いのは、大友先生自身が作った7分間のパイロット映像です。いつか、その続きを劇場で観られる日が来ることを、本気で待っています。

第10章:いま読み返して気づいたこと──『童夢』

46歳で読み返す『童夢』は、超能力の話である前に、「団地で老いること」と「子どもを守ること」の話でした。

① チョウさんは、団地の「未来」だった

『童夢』が描かれたころの団地は、子どもたちの声があふれる街でした。そのなかで、チョウさんだけが、ひとりでひっそりと年を取っている。

それから40年以上がたち、高島平のような大きな団地は、住人の高齢化という課題と向き合っています。もちろん現実のお年寄りに超能力はありません。でも、誰にも気づかれずに暮らす孤独は、あのころよりずっと身近になっているのかもしれません。

「怖いジジイ」としか見えないはずのチョウさんが、いまは少しだけ、さみしい人に見えます。これが、年を取って読み返すということなんでしょうね。

② 子どもを止めたのは、超能力じゃなく母の腕だった

暴走する悦子を止めたのは、警察でも、もう一人の超能力者でもありませんでした。母親に抱きしめられて、悦子は我に返ります。

高校生の息子と小学生の娘がいる父親として、ここは何度読んでも泣けます。子どもがどんなに大きな力を持っていても、最後に帰ってくる場所は親の腕のなか。どんな超能力より強いのは、たぶんそれなんですよね。

③ カメラマンの目で見ると、『童夢』は「引き」の美学

撮影現場で俺がいちばん好きだったのは、引きの画です。人物を小さく置いて、場所に語らせる。『童夢』はそれを、マンガで40年以上前にやっていました。第5章で紹介した背景美術のアッツーさんが言う「引きの絵」です。

そしてXRの仕事をしているいまは、つい妄想してしまいます。VRで「堤団地」の公園に立ち、ブランコの柱が曲がる瞬間を360度で見られたら。……企画書、書いていいですか?(誰に聞いてるんだ)

出典:『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、マネーポストWEB(2020年12月12日)、文春オンライン(アッツーさん)

第11章:これから読む人へ──完全ガイド

いま新品で手に入れやすいのは、講談社の『大友克洋全集』版の『童夢』です。

版発行特徴
大友克洋全集版講談社、2022年1月21日原画から再スキャンし、カラーページも復元。旧単行本よりひと回り大きいB5変型で、作者のあとがき付き。税込2,970円
英語版Dark Horse Comics、1995〜1996年『Domu: A Child's Dream』。北米では1996年のヒット作になった
豪華版1984年原稿原寸のB4判・函入りで限定5000部。いまは古書でしか出会えないお宝
単行本(アクションコミックス)双葉社、1983年最初の単行本。長く絶版になっていた

読み方のおすすめは3つです。

  1. 1冊で完結するので、週末の夜に一気読み。途中で止めると、団地の空気が逃げます
  2. 読み終えたら、映画『イノセンツ』と『AKIRA』をセットで。『童夢』が何を生んだのか、一気に見えてきます
  3. 二周目は、人物ではなく背景を追う。ベランダや廊下の描き込みに、もう一つの物語が隠れています

団地に住んでいる人は、読んだあとの夜の散歩が少しだけ怖くなります。そこは自己責任でお願いします。

【購入】

出典:講談社『童夢』全集版、丸善ジュンク堂、リアルサウンド ブック、『童夢』(日本語版Wikipedia転載)、Domu: A Child's Dream(英語版Wikipedia)

おわりに──次回予告と、感謝と

『童夢』は、たった1冊で日本のマンガの「見え方」を変えてしまった作品でした。

見えない力を、壁とガラスとブランコで描く。団地を主役にする。そして、大人には最後まで見えない「子どもの戦争」を描き切る。その一つひとつが、『AKIRA』に、北欧の『イノセンツ』に、浦沢直樹さんや松本大洋さんのペン先に受け継がれています。『童夢』の子どもたちは、いまも世界のどこかで生まれ続けているんです。

次に団地の公園でブランコがキィ……と鳴ったら。それはたぶん、ただの風です。たぶん。

ここまで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。

次回予告:バイブル考察⑨ ???

ヒントは……まだ秘密っす。「この漫画を語れ!」というリクエストも、引き続き待ってます。

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