
一言レビュー
「ひとりで生きたい」が、いちばん共同体を呼び寄せる。
孤独を選んだ瞬間から、自然も人間も「お前は一人じゃ無理だ」と言い始める。第1話はその宣告が、静かに、でも確実に効いてくる回だった。
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※ここから先はネタバレを含みます。
作品データ
- 作品名:21XX年 墾田永年私財法
- 作者:日高十三男
- 掲載:モーニング・ツー(コミックDAYS)
- 第1話:「メトロポリス」
- 公開日:2025年4月3日
- 更新:木曜更新
- あらすじ(要約):大都会以外は自然に包まれた近未来の日本。都会に住めば生存は保証されるが、主人公リコは都会を離れ、荒廃した地方を復興させる開拓者として移住する。だが待っていたのは過酷な自然と、ひとりにさせてくれない癖の強い人々。近未来サバイバル・ヒューマンドラマ。
この作品のサバイバルは「空腹」より「制度」で殴ってくる
サバイバルものって、最初に来るのは飢え、寒さ、傷、病気、みたいな身体の危機が定番なんだけど、本作の嫌なところ(褒めてる)は、危機が身体だけじゃないことを最初から匂わせてくる点。
「都会に住む限り、生存は保証される」って設定、優しいようでいてかなり暴力的なんですよね。保証される=逆に言うと、都会から出た瞬間に保証が剥がれる。つまり地方は、制度の庇護が届かない例外として扱われている。
例外扱いされた土地で生きるということは、自然と戦うだけじゃなく、制度の外側で暮らすってことになる。
文明が残っているのに、文明の保証がない。
だから「DIY」は趣味じゃなく生存。
そして「復興」はロマンじゃなく生活。
この温度で始まるから、1話の導入だけで長い物語の地面が固い。
メトロポリスの「安全」は、代償としての息苦しさをはらんでいる
第1話タイトルが「メトロポリス」なの、かなり正確だと思う。メトロポリス=都市の巨大な仕組み。個人の努力より、システムが先に立ってる世界。そこにいれば死ににくい。でもその代わり、生の手触りが薄くなる。
都会の安全って、常に誰かの運用で成り立ってる。水道、電気、物流、医療、治安。個人が“生きるスキル”を失っても生存できるのは、仕組みが個人の欠損を肩代わりしてるから。
その仕組みに慣れきった状態で地方に出ると、「生存」が突然、個人の責任に戻ってくる。
リコが都会を出ようとする動機は、表面的には「ひとりで生きたい」かもしれない。
でもその裏には、おそらく都会の安全が要求する同調や管理から逃れたい気配がある。安全にはルールがある。ルールには監視がある。監視には空気がある。
第1話の良さは、そこを長々説明しないのに、「都会ってしんどいよな」と読者の体験で補完できる設計にしてるところ。
そして重要なのは、リコが都会を出ても、都会のルールが“心の中に”残ってしまう点。
サバイバルの敵って熊じゃない。最初は自分の中の都会OS。
このOSを捨てるまでの物語になりそうで、そこが読みたい。
「ひとりで生きたい」は、共同体の圧を逆に強める
人は本当に一人で生きられないのか。
サバイバルものが繰り返し叩いてくるテーマだけど、この作品はそれを精神論じゃなく環境で示そうとしてる。
荒廃した地方を復興させる開拓者として移住する、という時点で、リコの生活は「自給」だけじゃ成立しない。
土地、資材、知識、医療、道具、種、燃料。全部が孤独の敵。
孤独は美徳だけど、孤独は在庫を持てない。だから人は、他者と交換するしかない。
ここで面白いのが、ひとりにさせてくれない癖の強い人間たちという紹介文。
これ、優しさでもあり、侵入でもある。共同体は助けてくれる。でも助ける時、共同体は距離も一緒に詰めてくる。
「助かった」瞬間に「借り」が生まれて、借りは関係を発生させる。
つまり、リコが求める孤独は、地方ほど成立しにくい。
都会は人が多いから孤独になれる。地方は人が少ないから孤独になれない。
この逆転がたぶん、この作品のずっと背骨になる。
文明DIYは「作る快感」だけでなく「作らされる恐怖」を含む
文明DIYって言葉は気持ちいい。火を起こす、食を確保する、道具を作る、生活を組む。
こういうのは読んでるだけで脳が整う。
でも、この作品のDIYは多分、優しいクラフトじゃない。
作るのは選択じゃなく義務になる局面が来る。
作らないと死ぬ。作っても死ぬかもしれない。
そして作ったものは壊れる。壊れたらまた作る。
文明って、ロマンじゃなく保守点検だという現実が、じわじわ出てくるタイプに見える。
ここが『うちがキングダム』と繋がる。
あっちは家庭内政を回すことで生活を成立させる漫画。
こっちは文明を回すことで生活を成立させる漫画。
どっちも「運用」が主役。派手さより、地味な継続が生存を決める。
だから刺さる読者は同じ層だと思う。
近未来の制度は、地方を「開拓者」によって再編しようとしている
タイトルにある「墾田永年私財法」が、歴史の語感として強すぎる。
古代の土地制度を思い出す人も多いはずで、そこに「21XX年」を付けるだけで、近未来の政治臭が一気に立つ。
第1話時点では詳細がまだ厚く語られないとしても(むしろ語らないのが良い)、このタイトルは宣言してる。
地方は自然に戻った。
それを再び私財として囲い直す制度が動く。
つまり復興は、善意だけじゃなく所有と権利の話になる。
開拓者という立場は、英雄にも搾取対象にもなる。
制度は「やってくれる人」が必要だから、やる人に権利を与える。
でも権利を与えると、嫉妬が生まれる。
嫉妬が生まれると、共同体は割れる。
割れた共同体は、自然より怖い。
サバイバルの敵は、いつも最後は人間なんだよな、という嫌な確信が、タイトルだけで起動する。
それを第1話でどう匂わせてくるか。そこが次話以降の期待ポイント。
登場人物考察:第1話時点で見える「役割」と「危うさ」
ここからは第1話の段階で読める範囲で、キャラを好き嫌いじゃなく機能として見る考察です。
リコ:開拓者であり、制度の外側に出された個人
リコは「都会を捨てた人」じゃなく、正確には「都会の保証から降りた人」。
この差は大きい。保証を降りるという行為は、自由の獲得であり、同時に責任の直撃でもある。だからリコは強い。けど、強いからこそ危うい。
彼女の危うさは、孤独を理想化している可能性。
孤独は、他者に期待しないという意味では強いけど、同時に「助けを呼べない」という弱さにもなる。
サバイバルでは、助けを呼べない人から死ぬ。自然は努力を評価しないし、共同体は沈黙を勝手に解釈する。
リコがこれから直面するのは、おそらく「孤独を守るために、どこまで他者と交渉できるか」という矛盾だと思う。
「ひとりにさせてくれない人々」:善意と侵入の二面性を持つ共同体装置
第1話の時点で、周辺人物はまだ輪郭だけかもしれない。でも紹介文の時点で、彼らは役割がはっきりしている。
彼らは“助ける人”であり、距離を詰める人でもある。
共同体の怖さは、悪意がなくても侵入が起こること。
「助けてあげた」「教えてあげた」「面倒を見てあげた」
この行為は正しい。けど正しいからこそ、相手に断りづらい圧を生む。
周辺人物は、おそらくこの作品の「第二の自然」になる。
熊や豪雨と同じく、避けられない環境。
そしてリコが戦う相手は、彼ら個人ではなく、彼らが束になって生む空気や慣行になっていくはず。
メトロポリス(都市)そのもの:目に見えないもう一人の登場人物
この作品、都市がキャラとして立っている。
生存保証、システム、監視、同調、便利さ。
都市は優しい。けど優しさの形が「管理」でもある。
リコは地方に出ても、都市のOSをしばらくは捨てられない。
だから都市は、回想や設定ではなく、リコの判断の中で生き続ける。
「都会ならこうなのに」「都会なら保証されるのに」
こういう比較は、地方で生きる上では毒にも薬にもなる。
都市を捨てる物語ではなく、都市を内面から剥がす物語になりそうで、そこが長期連載の強い芯になりそう。
こんな人におすすめ
- サバイバルを「根性」ではなく「運用」「制度」「共同体」で読みたい
- クラフト要素が好きだけど、きれいごとより現実の厳しさが欲しい
- 地方移住ものの理想と地獄の両方が見たい
- 『うちがキングダム』みたいに、生活を回す漫画が刺さる
ブログ内回遊
「うちがキングダム」続レビュー
https://bicbamboo.com/uchiga-kingdom-biccomi-review-2/
「うちがキングダム」初回レビュー
https://bicbamboo.com/uchiga-kingdom-biccomi-review/
ラグナクリムゾン:クリムゾン徹底考察
https://bicbamboo.com/ragnacrimson-crimson-analysis/
読めるサイト
第1話はこちら(公式)。
https://comic-days.com/episode/2550912965409299363
まとめ
第1話「メトロポリス」は、サバイバルの入口を飢えより先に制度と共同体に置いてくるのが強い。
都会の保証は、地方の無保証と対になっていて、主人公の「ひとりで生きたい」は、その対立を最も痛い形で照らす。
さらに登場人物は、個人の好き嫌いではなく「共同体装置」「都市OS」みたいな機能として配置され、物語を長距離で走らせる準備が整っている。
読み手は「面白い」より先に「続きが怖い」で追ってしまう、そういう第1話だった。