小説

【スピンオフ短編】台帳にない隣人たち 〜北千住・日常防衛戦・三部作〜③


こんにちは、バンブーです。

世界を滅ぼす魔王の軍勢も、神話に語り継がれる恐ろしい魔物たちも、現代日本にやってくれば「ただの世知辛い小市民」に成り下がります。

現在執筆中の小説『台帳にない隣人』。 その裏側で、彼ら異世界人たちは今日も、魔法や聖剣よりもはるかに恐ろしい「日本のインフラ、光学的な物理法則、そして家庭の事情」という名の絶対的ルールに完全敗北していました。

今回は、そんな彼らの涙ぐましい日常防衛戦を切り取ったショートコメディ3本立てをお届けします。


『台帳にない隣人たち ~ゴブリンと資源ゴミの死闘~』

登場人物

  • ゴブ吉(ゴブリン): 北千住の古いアパート(1K)に住む魔物。光るものを集める本能に抗えず、町内会から目をつけられている。
  • アーサー(元勇者): 取手での農業資金(と中古の軽バン)を貯めるため、早朝から足立区の清掃事業(ゴミ収集のアルバイト)に従事している。

明け方のカラスの鳴き声「カァー、カァー」。カチャカチャと空き缶を漁る音

アーサー: (清掃員の作業着姿で、ため息をつきながら)……おい。そこで何をしている、ゴブ吉。

ゴブ吉: (ビクッとして振り返る。手には壊れたCDプレーヤーと大量のアルミホイル) ひ、光の勇者アーサー! なぜこんな明け方の集積所にいるよ!?

アーサー: 今はただの「足立区の清掃アルバイト」だ。茨城で農業を始めるための、軽バン購入資金を貯めなきゃいけないからな。……それよりお前、また資源ゴミを漁っているのか。先週も町内会長に「持ち去り禁止」だと怒られたばかりだろう。

ゴブ吉: (涙目でアルミホイルを抱きしめる)分かっているよ! 分かっているのだよアーサー! だが、我らゴブリン族のDNAに刻まれた『光る宝を集めて巣を飾る本能』が、私を突き動かすのだよ! ダンジョンでは、落ちているものは拾った者の所有物だったよ! なぜこの世界では、捨てられたCDの裏面を拾っただけで警察(三田村巡査)を呼ばれねばならんのだよ!

アーサー: ここはダンジョンじゃない、北千住の住宅街だからだ。所有権は自治体に移っている。それに、そんなものを1Kのアパートに溜め込んだら、ただの「ゴミ屋敷」だぞ。大家にバレたら一発で強制退去、敷金も没収だ。

ゴブ吉: ゴミではないよ! 輝かしき財宝だよ! アーサー、お前なら分かるはずだよ! ダンジョンの奥深くで、宝箱を開けるときのあの胸の高鳴りがよ! 私の巣(1K)を、美しい銀色で満たしたいのだよ!

アーサー: (遠い目をしながら)……ああ、分かるぞ。俺も昔は、村人の家に勝手に入り込み、タンスを開け、ツボを叩き割って「薬草」や「小さなメダル」を根こそぎ奪っていたからな。

ゴブ吉: そうだろうよ! 勇者だってやってるよ——!

アーサー: (ゴブ吉の肩をガシッと掴み、凄む) だがな、この国でそれをやれば『住居侵入』および『窃盗』および『器物損壊』のトリプルコンボで実刑判決だ!! 俺はこっちの世界に来て、あのシステムがいかに野蛮で反社会的な行為だったかを思い知った! お前も本能をアップデートしろ!

ゴブ吉: (震え上がりながら)ひぃっ……! だ、だがよ、このあふれる収集欲と、銀色への渇望はどうすればよ……! このままではストレスでゴブリンからただの緑色のオジサンになってしまうよぉ!

アーサー: (少し考え込み、表情を和らげる)……光るものを集めて、一面を銀色に飾り立てたいんだな?

ゴブ吉: ああよ! 視界のすべてを銀の輝きで埋め尽くしたいよ!

アーサー: ならば、俺の「畑」を手伝え。

ゴブ吉: はたけ……? 農業よよ?

アーサー: ああ。俺が取手に確保した50坪の土地だ。あそこで無農薬栽培をやるには、虫や鳥から作物を守るための結界……つまり『防鳥テープ』や、不要になった『CD-ROM』を大量に吊るす必要がある。 さらに、地温を上げつつアブラムシの飛来を防ぐための『シルバーマルチ』を、畑一面に敷き詰めなければならない。

ゴブ吉: (目を見開く)防鳥テープ……! シルバーマルチ……!!

アーサー: 50坪だぞ。お前の1Kアパートの何倍もの広さの土地を、お前の手で、合法的に、見渡す限りの「銀の輝き」で埋め尽くしていい。むしろ、お前のその執念深い装飾スキルが、俺の作物を守るのだ。どうだ? 日当も出すぞ。

ゴブ吉: (手からアルミホイルをポロリと落とし、天を仰ぐ) おおおよ……! 光り輝く50坪の銀の領土よ! 私が、その輝かしき結界の主(防鳥・マルチ張り担当)となるのだよ!! やるよ! やらせてくれよアーサー! 私のゴブリンの魂は、取手の畑で救済されるのだよ!

アーサー: よし、商談成立だ。じゃあ、まずはそのアルミホイルを『燃えないゴミ』の袋に戻せ。今日は火曜日じゃない、プラごみの日だ。ルールを守れない奴は、畑には連れて行かんぞ。

ゴブ吉: は、はいよっ! 勇者様よ! すぐに分別いたしますよ!!

清掃車の「エリーゼのために」のメロディが遠くから聞こえてくる

(暗転)


『台帳にない隣人たち ~スライムと透過率100%の証明写真~』

登場人物

  • 尾田 大地: 帰還屋兼カメラマン。「良い画」を撮るためなら被写体の正体はどうでもいい職人。透明な被写体に異常な執念を燃やす。
  • プルン(スライム): 人間社会に溶け込もうと必死なスライム。現在は人型(半透明)を保っているが、現代の光学機器に存在を否定され続けている。
  • 佐倉 ミサキ: 尾田の助手。物理法則とファンタジーのバグを冷静に解説する。

写真スタジオ。オートフォーカスの迷う音「ジジッ、ジジジッ……ピーガガッ」

尾田: (カメラを構えながら舌打ち)……チッ。ダメだ、何度やってもAF(オートフォーカス)が抜けちまう。

プルン(スライム): (半透明の身体を揺らし、涙声で)ポコォ……。やっぱり、ダメですか……。私じゃ、証明写真は撮れませんか……。

尾田: 悪いな。透過率が高すぎるんだよ。カメラの位相差センサーが、あんたの顔じゃなくて、後ろの白い背景紙にピントを合わせちまう。

プルン: そんな……! 私、なんとか人間の社会で生きていこうと、必死に「人間の輪郭」を保っているんです! なのに、スマホの『顔認証(Face ID)』は一生通過できないし、指紋認証も弾かれる! せめて『履歴書用の証明写真』がないと、アルバイトの面接にも行けないんです! このままじゃ、一生タッパーの中で油汚れを食べる生活です!

ミサキ: (タブレットを見ながら冷淡に)仕方ない。スライムの主成分は水と魔力。屈折率がほぼ空気と同じだから、光学式カメラにとっては「存在しない」のと同じだ。諦めて、木本さんに「身分証不要の裏バイト」でも紹介してもらいな。

プルン: (絶望してドロドロに崩れかける)あぁぁ……私の人間社会でのキャンパスライフが……。

尾田: (突然、カメラを三脚にガチャンと固定し、目をギラつかせる) ……舐めるな。

プルン: え?

尾田: たかが「透明」くらいで、俺がシャッターを諦めるかよ。 いいか、プルン。スチール撮影の世界において、「水」や「透明なガラス」を撮ることは、ライティング技術の最高峰なんだ。被写体そのものに光を当てるんじゃない。『空間の光と影』をコントロールして、透明な輪郭を浮かび上がらせるんだよ。

プルン: りんかくを……浮かび上がらせる?

尾田: ミサキ! 背景を白から「黒」のべっちんにチェンジ! それから、プルンの両サイドに『黒カポック』を立てろ! 透明な奴には光を当てるんじゃない、「黒を写り込ませる」ことでエッジを際立たせるんだ!

ミサキ: 了解。……相変わらず、変なスイッチが入ると厄介だな、この男は。

スタジオの照明が落とされ、スタンドを動かす金属音。ガシャン、ガシャン

尾田: メインライトは半逆光! プルンの斜め後ろから、ディフューザー越しに一灯だけ細く入れる! さあ、プルン! 少し胸を張れ! 表面張力を限界まで高めるんだ!

プルン: (ブルンッと気合を入れ、人型の輪郭を保つ)ポコッ!!

尾田: (ファインダーを覗き込み、息を呑む) ……完璧だ。黒く沈んだ背景に、見事なゼリー状のエッジが光のラインとなって浮かび上がっている。瞳の奥の気泡まで、マニュアルフォーカスでガチピンだ……。最高にエモいシズル感だぜ……!

ミサキ: (ハッとして立ち上がる)おい、尾田! やめろ! その「最高にエモい」って感情のまま、ストロボを発光させたら——!

尾田: (完全に自分の世界に入っている)いくぜ! 最高の1枚だ!!

カメラのシャッター音「カシャッ」と共に、強烈なフラッシュ音「バシュッ!!」

プルン: ギャアアア!! し、死神の光ィィィ!! 魔界に強制送還されるゥゥゥ!!

しかし、空間の歪む音は鳴らず、代わりに「ギュイイイイン! バチバチッ!」という異常な音がスタジオに響く

尾田: (カメラを下ろす)……あれ? プルン、消えてないな。

プルン: (ペタペタと自分の身体を触り)……ほ、本当だ。私、生きてます。ここ、北千住です。

ミサキ: (呆れた声で壁を指差す)……尾田、お前、本当にバカだな。

尾田: え? (尾田が振り返ると、背後の黒い背景紙と、その奥のスタジオの壁に、直径5センチほどの真っ黒な『焦げ穴』が空き、煙がプスプスと上がっている)

ミサキ: スライムは透過率100%の「レンズ」だ。お前がフル発光させたストロボの光は、プルンの体内で完璧に屈折・収束され、超高熱の『レーザー光線』となって後ろの壁を焼き抜いたんだよ。 光が被写体に「反射・吸収」されなかったから、帰還のバグは起きなかった。だが……。

尾田: (壁の穴を見て、膝から崩れ落ちる) ……ウソだろ。あの背景紙、1ロール1万5千円もするのに……! しかも壁の修繕費まで……!!

プルン: (嬉しそうにモニターを見て)わあ! 尾田さん、ありがとうございます! 私の輪郭、スリガラスみたいに綺麗に写ってます! これでマイナンバーカードが作れます!!

尾田: (泣きながら)……現像代、修理費込みで請求させてもらうからな……。

スライムの嬉しそうな「ポコポコ」という音と、煙の上がるスタジオ

(暗転)


『台帳にない隣人たち ~元魔王と魅惑のスナック領収書~』

登場人物

  • バアル(元魔王): かつての絶対的支配者。現在は北千住に持ち家があり、高校生の息子と小5の娘を養うしがない中間管理職。
  • リリス(サキュバス): 元魔王軍の幹部。現在は五反野の飲み屋横丁にある「スナック・夢魔(むま)」のチーママ。
  • バアルの妻(声のみ): 光の勇者より恐ろしい、この世界における真の絶対権力者。

スナックの扉が開くカランコロンという音。カラオケの低いBGMと、グラスの氷が鳴る音

バアル: (ネクタイを少し緩め、水割りのグラスを傾ける)……ふぅ。まさか、お前が五反野の飲み屋横丁で「スナックのチーママ」として適応しているとはな、リリス。

リリス: (妖艶な微笑みで、バアルの肩にそっと触れながら)うふふ……。バアル様のおかげですわ。コンプライアンスに厳しいこの現代社会で、合法的に人間の男性と密室で会話でき、なおかつアルコールで防御力が下がった隙に「精気」を吸い上げられる……スナックって、本当に魔界より天国です。

バアル: (少し呂律が回らなくなっている)うむ、うむ。元魔王軍の幹部が立派に自活しているのは、かつての主として誇らしいぞ。……しかし、なんだか今日はやけに体が重いな。心地よい疲労感というか、酷い肩こりが抜けていくような……。

リリス: (バアルの耳元で甘く囁く)あら、バアル様、お疲れのようですね。もっとリラックスしてくださいな。私がたーっぷり、癒やして差し上げますから……。(スッとバアルの首元から、目に見えない光の粒子=精気を吸い込む)

バアル: (うっとりとした表情で)おお……。なんだか、勇者アーサーの聖剣で斬られた時よりフワフワするぞ……。リリス、お前、昔より魔力(接客スキル)が上がったんじゃないか……?

リリス: (肌のツヤが完全に復活し、瞳を赤く輝かせて)ええ。おかげさまで、満腹ですわ。……さ、バアル様。そろそろお時間ですよ。お会計、こちらになります。

バアル: (焦点の合わない目で)おお、そうか。部下の店だ、ここは私が払おう。(財布からカードを出し)領収書をもらっておいてくれ。「株式会社マカイ・コーポレーション」でな……。

レジの「ガシャン!」という音。そして場面転換のディゾルブ音

翌朝。スズメの鳴き声。キッチンの包丁の音「トントントン……ピタッ」

バアル: (パジャマ姿で、ゾンビのようにリビングへ這い出てくる)……あ、あぁ……。体が鉛のように重い……。なんだこの倦怠感は。昨日の夜、スナックでリリスの奴に「精気」を限界まで吸い取られたのか……!? くそっ、あいつ、かつての主から容赦なく搾取しおって……!

妻の声: (氷のように冷たい声で)……あなた。

バアル: (ビクッとして直立不動になる)は、はいっ! なんでしょうか、マイハニー!

妻の声: (バサッ、と一枚の紙をテーブルに叩きつける音) スーツのポケットから出てきたんだけど。なに、この領収書。

バアル: (冷や汗を滝のように流す)り、領収書? ああ、それは昨日の接待の……!

妻の声: 『スナック夢魔(むま)』。……お品代、3万8千円。 ……ねえ、あなた。うちの住宅ローン、まだ1400万円残ってるわよね? 春から長男は私立高校に進学して、下の子も小5になって塾代がかさむこの時期に……スナックで3万8千円?

バアル: (ガクガク震えながら)ち、違うんだ! これは元部下の就業状況の視察というか、魔界の福利厚生の一環であって……! 決して私が魅了の魔法に引っかかったわけでは……!

妻の声: (低いトーンで、有無を言わさず) ……今日から3ヶ月、あなたのお小遣い、月1万5千円に減額するから。それと、休みの日は庭の草むしりと、お風呂掃除、全部やってもらうわよ。

バアル: (膝から崩れ落ち、天を仰ぐ) ぎゃあああああ!! 魔王の威厳がァァァ!! リリスめ……精気だけでなく、私の「今月のお小遣い」まで吸い尽くしたというのか……! 勇者の剣より、妻の突きつける「家計の現実」の方が痛いィィィ!!!

魔王の悲鳴が、北千住の平和な朝の空に吸い込まれていく

(暗転)


【あとがき】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いかがでしたでしょうか。 どれほど強大な魔力を持っていようと、現実世界の「空間の制約」や「カメラのオートフォーカスの限界」、そして「妻の怒り」を前にしては、彼らも等しく無力です。

しかし、ゴブリンが農地のシルバーマルチ張りに生きがいを見出し、スライムが壁を焦がしながらも自らの輪郭(アイデンティティ)を写真に収めたように、彼らは彼らなりに、この北千住という街のシステムに適応し、たくましく生きています。(※バアルのお小遣いが月1万5千円に減額された事実は変わりませんが)

私たちが普段何気なくこなしている「ゴミの分別」や「家族との家計のやりくり」も、見方を変えれば、異世界人すら恐れる高度なミッションなのかもしれません。あなたの隣の席でため息をついているあの人も、もしかしたら台帳にない隣人かもしれません。

少しでも「クスッ」と笑っていただけたなら、ぜひSNS等でシェアしていただけると嬉しいです。

© 2026 バンブー / bicbamboo.com

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