小説

【スピンオフ短編】台帳にない隣人たち 〜北千住・日常防衛戦・三部作〜②

こんにちは、バンブーです。

突然ですが、世界で一番攻略が難しいダンジョンはどこだと思いますか? 魔界の最深部? ドラゴンの巣窟? いいえ、違います。

「確定申告時期の、e-Taxログイン画面」です。

現在執筆中の小説『台帳にない隣人』。

本編は北千住の路地裏を舞台にした少しダークなお仕事ミステリーですが……その裏側で、彼ら「異世界からの逃亡者」たちは、魔法でも剣でもなく、日本の恐るべきインフラと法制度の前にバタバタと倒れていました。

神話の生き物たちが、足立区のローカルルールや、中古車の車内寸法、そしてコンプライアンスに完全敗北する涙ぐましい日常録。 クスッと笑えるスピンオフ・ショートコメディ三部作。


『台帳にない隣人たち ~北千住駅前交番・車庫証明の壁~』

登場人物

  • ケイローン(ケンタウルス): ギリシャ神話の大賢者。現在は北千住のアパート暮らしで、茨城での農業を志している。真面目すぎるが故に日本の法律に翻弄される。
  • 三田村 巡査: 北千住駅西口交番の警察官。異世界人の小市民的な悩みにいつも巻き込まれる。

デパートのエレベーター「ポーン。10階、区民事務所・レストラン街です」

北千住駅前、マルイの10階。 パスポートセンターや区民事務所が入り、住民票を求める人々が行き交うこのフロア。エレベーターを降りて左に曲がった一番奥のパーテーションの裏に、「それ」はある。 台帳にない人達のための、特別相談窓口。 そこで手に負えなくなった物理的なトラブルは、しばしば駅前の交番へと持ち込まれる。

交番の外。蹄(ひづめ)がアスファルトを叩く音「カッパッ、カッパッ」

三田村: (ため息をつきながら調書を書いている)……はい、北千住駅西口交番です。……あ、ケイローンさん。今日はペデストリアンデッキで滑って転んだわけじゃないですね?

ケイローン(ケンタウルス): (交番の窓口から上半身だけ屈み込んで)うむ。本日は転倒の報告ではない。三田村巡査、大至急「車庫証明」を発行していただきたい!

三田村: 車庫証明? 交番じゃなくて警察署の窓口ですよ。……というか、ついに車を買うんですか?

ケイローン: いかにも。私は2年後を目標に、農業を主軸とした生活へのシフトを計画しているのだ。長野県の佐久市に、耕作放棄地を確保してな。

三田村: ギリシャ神話の大賢者が、長野で農業……。

ケイローン: 効率は度外視だ。作り手の「情熱」だけで大地の恵みを引き出す無農薬栽培をやりたい。そのためには、北千住から長野まで通うための「足」が必要なのだ。昨日、予算30万円以下で買える中古の軽バン(スズキ・エブリイ)を中古車センターで見つけてな。試乗を申し込んだのだ。

三田村: (…どっかで聞いた話だな)ほう。いい買い物ですね。で、車庫証明がいると。

ケイローン: (突然、両手で顔を覆って泣き崩れる)乗れなかったのだ……!!

三田村: え?

ケイローン: 運転席のドアを開け、右足(前脚)を入れた瞬間、私の立派な馬の胸板がハンドルに激突した! そもそも、私の下半身は全長2.5メートルある! 荷室をフルフラットにしても収まらん! 店員には「お客様、蹄(ひづめ)でのペダル操作は整備不良になりますし、そもそもお客様ご自身の馬力の方が多いです」と論破された! 私は大賢者だぞ! なぜスズキ・エブリイのパッケージング技術に敗北せねばならんのだ!

三田村: (頭を抱える)……でしょうね! 見れば分かりますよね!? なんで試乗するまで気づかなかったんですか!

ケイローン: なんとかなると思ったのだ! だが無理だった! ゆえに、私は自らの足で、国道を駆けて長野まで通勤することに決めた!

三田村: おお、健康的でいいじゃないですか。エコですし。車庫証明、いらないでしょ。

ケイローン: いるのだ!! 道路交通法第2条第1項第11号! 「軽車両」の定義には「牛馬」が含まれている! つまり、国道を走る私の下半身は、日本の法律上「車両」として扱われる! 私は法を遵守する北千住の善良な区民だ。ゆえに、私の下半身(馬部分)の車庫証明を発行してくれ! ステッカーは右の尻に貼る!

三田村: 貼らなくていいです! 軽車両(自転車や馬)に車庫証明は義務付けられてません!

ケイローン: (バンッと交番の机を叩く)ならば私は、夜間どこに駐車(就寝)すればいいのだ!? アパートの大家からは「大型車両の駐車はお断り」と言われている! 部屋の中で寝れば私は「居住者」だが、庭で立ったまま寝れば「違法駐車」になるのではないか!? 私は車両なのか、居住者なのか! どっちだ三田村くん!!

三田村: 知りませんよ! せめて近所の乗馬クラブに月極で駐馬場を借りてください!

ケイローン: 長野の畑に通う前に、駐馬代で私の毎月の収入が…圧迫され…破綻してしまうではないか!!三田村くん!

交番の前で前脚を高く上げてパニックになる嘶き「ヒヒィーン!」

(暗転)


『台帳にない隣人たち ~北千住マルイ10階・e-Taxの迷宮~』

登場人物

  • 木本 透子: 足立区役所・千住区民事務所(マルイ10階)の特別相談係。どんな伝説のアイテムも「課税対象」として冷徹に仕訳する。
  • アーサー(元勇者・フリーランス): 現在は日雇い(ギルド経由)の冒険者。クレカの審査に落ち続けている。
  • 大賢者マーリン: ファンタジー界随一の頭脳を持つ老魔術師。今回はアーサーの税理士(代行)として同席しているが、日本のITインフラに発狂寸前。

デパートのエレベーター「ポーン。10階、区民事務所・レストラン街です」)

館内アナウンス「※お客様にお知らせいたします。当フロアは一部、魔法陣および転移魔法の使用を想定した空間設計となっておりません。魔力の行使はご遠慮ください」

北千住駅前、マルイの10階。 パスポートセンターや区民事務所が入り、住民票を求める人々が行き交うこのフロア。エレベーターを降りて左に曲がった一番奥のパーテーションの裏に、「それ」はある。 台帳にない人達のための、特別相談窓口。 毎年3月半ば、ここは血を吐くような絶望の叫びが響き渡る戦場となる。

書類の山をかき分ける音。スマホの画面を必死にタップする音

大賢者マーリン: (スマホを握りしめ、血走った目で)ええい、忌まわしき呪文め……! なぜ弾かれる! 我が叡智を結集したルーン文字の配列が、なぜこの「マイナポータル」なる結界を通らんのだ!!

木本: (淡々とPCを打ちながら)パスワードは「英大文字・英小文字・数字・記号」をすべて含む、8文字以上16文字以内です。マーリン様、先ほどから記号が抜けています。

アーサー(元勇者): (頭を抱えて)頼むぞマーリン! 今日中にこの「確定申告」という儀式を終わらせないと、俺はアパートの更新もできないし、楽天カードの審査にも落ち続ける! 勇者なのに社会的信用がゴブリン以下なんだ!

マーリン: 分かっておる! だがアーサーよ、この国の税法は魔界の法律より複雑怪奇だ! 木本殿! どうしても納得がいかん! なぜアーサーが命懸けで討伐した「レッドドラゴンの逆鱗(売却益:約120万円)」が、「事業所得」ではなく「雑所得」に分類されるのだ!? これでは青色申告の特別控除(最大65万円)が受けられんではないか!!

木本: (冷徹に)アーサー様は「開業届」を出しておらず、討伐活動に継続性・反復性が認められないからです。よって、ドラゴンのドロップ品は単発の「雑所得」、もしくは「一時所得」の総合課税となります。経費として認められるのは、討伐に向かった際の「つくばエクスプレスの交通費」と「ポーション代(消耗品費)」のみです。聖剣の購入費は、10万円を超えているため「減価償却資産」として数年に分けて計上してください。

マーリン: (机に突っ伏す)げんかしょうきゃく……! 聖剣エクスカリバー(耐用年数:不明)を、毎年チマチマと経費に落とせというのか……! なんという世知辛い概念だ!

木本: 文句があるなら、異世界に帰って魔王を倒してください。この北千住で生きていくなら、納税の義務は絶対です。さあ、e-Taxのログイン画面に戻りますよ。残りの試行回数はあと「1回」です。

アーサー: (悲鳴)あと1回!? 間違えたらどうなるんだ!?

マーリン: この「マイナポータル」という結界は、暗証番号を3回連続で間違えると「ロック」がかかるという、極悪非道なトラップが仕掛けられている! 魔王城の入り口ですら、間違えたら炎の矢が飛んでくるだけで、再挑戦は無限に可能だったというのに! この国のITシステムを設計した者は、人間の心を折る天才か悪魔のどちらかだ!!

アーサー: 頼むマーリン、お前の「大賢者の眼(真理を見通す魔法)」で、俺が過去に設定したパスワードを読み取ってくれ!

マーリン: (杖を掲げ、目を光らせて詠唱する) 『おお、大いなる時の記憶よ! 過去のアーサーが打ち込みし、英大文字・小文字・数字・記号を含む文字列を我が脳裏に映し出せ! ……見えたぞ! [Arthur-Sword@01] だ!』

アーサー: さすが大賢者! それだ! 打ち込んでくれ!

(SE:スマホのタップ音。そして無情なエラー音「ブーッ!」)

(SE:画面に【アカウントがロックされました。お住まいの市区町村の窓口で初期化の手続きを行ってください】の文字)

マーリン・アーサー: (絶望の顔で)うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!

木本: (メガネを押し上げながら)ロックされましたね。大文字の「A」が、半角じゃなくて全角になってましたよ。

マーリン: (白目を剥いて)ぜんかく……はんかく……? なぜ同じ文字に二つの概念が存在するのだ……。この世界の言語体系は狂っている……!

アーサー: 木本さん! ロックされちまった! どうすればいい!?

木本: 「お住まいの市区町村の窓口で初期化」してください。

マーリン: ここがその「窓口」であろうが! すぐに解除の魔法をかけてくれ!!

木本: 私は「特別相談係」です。マイナンバーカードの暗証番号再設定は、同じフロアの「区民事務所・マイナンバー窓口」になります。あちらの列にお並びください。

窓口の外には、疲れ切った区民たちの長蛇の列

木本: 本日は3月14日、確定申告の最終日前日です。現在、パスワード再設定の待ち時間は「約120分」となっております。整理券を取って、お待ちください。

アーサー: (膝から崩れ落ちる)120分……! ドラゴン討伐より時間がかかるじゃないか……!!

マーリン: (天を仰いで涙を流す)日本のデジタル庁よ……。お前たちの作ったこの「e-Tax」という名の迷宮(ダンジョン)は……間違いなく、世界で一番攻略が困難だ……!

マルイのBGMが虚しく響き渡る中、整理券を握りしめる大賢者と元勇者

(暗転)


『台帳にない隣人たち ~北千住マルイ10階・ブラジリアンワックスの咆哮~』

木本 透子: 足立区役所・千住区民事務所(マルイ10階)の特別相談係。どんな獰猛な魔獣にも、まずは「コロコロ(粘着カーペットクリーナー)」を渡す冷徹な女。

ガロア(獣人・狼男): かつて「銀の牙」と呼ばれた凄腕の傭兵。現在は北千住の築40年のアパート(ペット不可)に潜伏中。

三田村 巡査: 交番の警察官。今回はガロアを連行してきたわけではなく、ただの付き添い。


デパートのエレベーター「ポーン。10階、区民事務所・レストラン街です」)

館内アナウンス「※お客様にお知らせいたします。館内での武器の抜刀、および威嚇の咆哮は、他のお客様のご迷惑となりますので固くお断りいたします」

北千住駅前、マルイの10階。 パスポートセンターや区民事務所が入り、住民票を求める人々が行き交うこのフロア。エレベーターを降りて左に曲がった一番奥のパーテーションの裏に、「それ」はある。 台帳にない人達のための、特別相談窓口。 今日は、空調のフィルターが詰まるほどの「毛」が舞っていた。

バサッ、バサッという毛が落ちる音。クシャミの音

三田村: (マスク越しにくぐもった声で)木本さん、すいません……。歩く毛玉を連れてきました。

ガロア(狼男): (低く唸りながら)毛玉だと……? 貴様、喉笛を噛み千切られたいのか……! 我は誇り高き狼の獣人、歴戦の傭兵「銀の牙」ガロアであるぞ!

木本: (無表情で立ち上がり、無言でガロアの肩や背中にコロコロをかける)

コロコロの粘着テープを剥がして捨てる音「ビリッ、ポイッ」

木本: 申し訳ありませんが、マルイの清掃スタッフから苦情が来ますので、これ以上フロアに毛を落とさないでください。……で、本日のご相談は?

ガロア: (急にシュンとして)うむ……。実は、我が北千住で借りている築40年の木造アパートなのだが……。明日の朝、大家と町内会長が揃って「火災報知きの点検」に立ち入ることになったのだ。

三田村: ああ、春の消防点検ですね。いいじゃないですか、別に。

ガロア: 良くないのだ!! (バンッと机を叩く)私の賃貸契約書には、特記事項として赤字でこう書かれている! 『ペット飼育不可(発見次第、即時退去およびハウスクリーニング代を全額請求)』と!

木本: ガロア様は獣人であって、ペットではありません。居住者ご本人です。

ガロア: 頭では分かっている! だが、大家の目にはどう映る!? 今の私は、春の訪れとともに強烈な『換毛期』を迎えているのだ! 部屋中が抜け毛でフワッフワだ! カーペットもソファも、銀色の獣の毛でコーティングされている! 誰が見ても「こいつ、内緒で大型犬(ゴールデンレトリバー級)を飼っているな」と確信する惨状なのだ!!

三田村: 確かに……。大家さんに「いや、私自身の体毛です」って言い張っても、普通は信じてもらえませんね。

ガロア: だろう!? 私は人間だ! ただ少し体毛が濃く、耳が尖り、牙が生えているだけの、ハードボイルドな人間だと言い張るにはどうすればいい!? 私は退去したくない! あのアパートの、西日が入る出窓のポカポカ感が好きなのだ! また敷金礼金を払うなど、絶対に嫌だァァ!

木本: (ため息をつき、引き出しからパンフレットを2枚出す)……解決策があります。

ガロア: (身を乗り出す)おお! 木本殿! 頼む、魔法でも結界でもいい、部屋を浄化してくれ!

木本: まず一つ目。駅前の家電量販店へ行き、「ダイソン」の最上位モデルと、「業務用HEPAフィルター搭載の空気清浄機」を購入してください。これで部屋の空間から毛の痕跡を完全に物理排除します。

ガロア: だ、だいそん……。あの、サイクロンとかいう強力な風の魔法か! 分かった、私の全財産をはたいて買ってこよう! だが、私自身から無限に抜け落ちる毛はどうするのだ!?

木本: 二つ目の解決策です。ここから徒歩3分のところにある、メンズ専門の脱毛サロンを予約しました。 ガロア様には今から、首から下の全身を『ブラジリアンワックス』で一気に処理していただきます。

ガロア: ぶ、ぶらじりあん……? あん…饅頭か?

三田村: (青ざめて)木本さん、正気ですか!? 全身の毛を、熱いワックスで固めて、一気に「ベリッ」と引き剥がすんですよ!? 狼男にそれをやるなんて、拷問すぎません!?

ガロア: (一歩後ずさる)ひ、引き剥がす……!? 皮膚ごと持っていかれるのではないか!? や、やめろ! 我は歴戦の傭兵だぞ! ドラゴンのブレスにも耐えたこの分厚い毛皮を、むしり取るというのか!!

木本: 大家さんに「少し毛深いだけのツルツルの人間です」と証明するためです。……我慢してください。ドラゴンの炎よりは痛くありませんから。

ガロア: (震える声で)ほ、本当か……? ドラゴンの炎よりは……。

木本: たぶん。……あ、それと。むしり取った大量の毛は、足立区のルールに従って「燃えるゴミ」の日に、半透明の袋に入れて出してくださいね。黒い袋は回収されませんので。

ガロア: (天を仰いで絶望の遠吠え)アオォォォォォン!!!(俺の毛は燃えるゴミなのかァァァ!!)

マルイの館内BGMが優雅に流れる中、脱毛サロンへ連行されていく獣人の悲鳴

(暗転)


あとがき

いかがでしたでしょうか。

「日常に潜むバグ」をファインダー越しに覗き込むような本編 仮『台帳にない隣人』の第一話も公開中ですので、ぜひそちらも併せてご覧ください。

もし「この内容をYouTubeのコント動画で使いたい」「朗読劇で読みたい」「なんかで使いたい」大歓迎です。また、感想などもらえたら励みになりますので、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

© 2026 バンブー / bicbamboo.com

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