小説

【スピンオフ短編】台帳にない隣人たち 〜北千住・日常防衛戦・三部作〜

こんにちは、バンブーです。

現在執筆中の小説『台帳にない隣人』。本編は、北千住の路地裏にある「境界線(壁)」を巡る、少しダークなお仕事ミステリーです。

ただ、もし「過酷な異世界から逃げてきた連中が、日本のコンプライアンスや住宅ローンに完全敗北していたら?」 逆に、「彼らが最も恐れる魔王が、区役所の窓口係や町のカメラマンだったら?」

そんな前提をひっくり返した思考実験から生まれた、本編の裏側で起きている(かもしれない)異世界人たちの涙ぐましい日常ドタバタ劇を、ショートコメディ三部作としてお届けします。

本編のシリアスな展開の箸休めとして、あるいは北千住のディープな日常のスパイスとしてお楽しみください。


『北千住区役所・異世界人トラブル相談窓口 〜条例無双編〜』

登場人物

  • 木本 透子: 区役所の特別相談係。どんな異世界ファンタジーも「条例」と「書式」で物理的に殴り倒す公務員。
  • ギル・バグア(オーク): 誇り高き戦士。現在は足立区内の解体業者で日雇い中。
  • 三田村 巡査: いつも面倒事を持ち込む警察官。

北千住駅前、マルイの10階。
パスポートセンターや区民事務所が入り、住民票を求める人々が行き交うこのフロア。エレベーターを降りて左に曲がった一番奥のパーテーションの裏に、「それ」はある。
台帳にない人達のための、特別相談窓口。

(SE:区役所の喧騒、発券機の「ピッ」という電子音)

三田村: (疲労困憊で)木本さん……また来ました。例の路地の壁から出てきたやつです。

ギル(オーク): (机をバンバン叩きながら)ふざけるなァアぁぁぁぁ! 我は誇り高きオークの戦士、ギル・バグア! なぜ我が「戦勝の儀式」が、貴様ら下等な人間に咎められねばならんのだ!

木本: (PCのキーボードを打ちながら、目線も上げずに)お待たせいたしました。ギル・バグア様。身分証、または在留カードはお持ちですか?

ギル: (戸惑い)……いや、持ってないが。ギルドカードならある。

木本: では、まずは「住民異動届」の記入をお願いします。そちらの三番窓口です。で、本日のご相談は?

ギル: ご、ご相談というか、クレームだ! 昨夜、アパートの自室で「血みどろの宴(深夜にスーパーの半額肉を叩き割る儀式)」を執り行っていたら、隣人から壁ドンされた挙句、警察を呼ばれたのだ! 我が部族の神聖な儀式に対する弾圧だ!

木本: (手元の資料をめくる)足立区生活環境の保全に関する条例、第42条ですね。「何人も、夜間(午後11時から翌日の午前6時まで)において、静穏を害する音を発生させてはならない」。 ギル様の「血みどろの宴」は、計測値で85デシベルを記録しています。これはパチンコ店の店内と同レベルの騒音です。

ギル: ぐぬ……っ! だが、肉を叩かねば戦士の魂がぁぁぁ——!

木本: 魂の問題ではなく、建物の遮音性の問題です。木造アパートでの深夜の打撃音は規約違反となります。次通報されたら退去勧告が出ます。どうしても肉を叩きたい場合は、防音室を自費で施工するか、低温調理器(63度で2時間)の導入を推奨します。柔らかくなりますよ。

ギル: て、低温調理……? (メモを取り出す)それは、魔法陣の一種か?魔道具か?

木本: Amazonで買える家電です。次の方、どうぞ。

(ギル、すごすごと低温調理器を巨大な指でスマホで検索しながら退場)

三田村: ……相変わらず容赦ないですね。で、本命の相談なんですが。

木本: (ため息)また何か建ちましたか。

三田村: 河川敷です。ドワーフが勝手に「魔法の鍛冶場」を建てて、伝説の魔剣を打ち始めました。火花が散って危ないし、煙の苦情が殺到してます。

木本: 河川法違反、および消防法違反による違法建築ですね。即刻、強制撤去の対象です。

三田村: それが、ドワーフのやつ「俺から鍛冶を奪ったら死ぬ!」って泣き喚いてまして。言葉は通じるんですが、職人気質すぎて説得に応じないんですよ。

木本: (数秒考え、引き出しから一枚の書類を出す)……解決策があります。

三田村: えっ、マジですか。

木本: 近隣の自治体(茨城県某市)に、約50坪の「耕作放棄地」の空きバンクがあります。彼をそこに「農業法人」として移住させます。

三田村: いや、ドワーフは鍛冶屋ですよ? 農業なんて——

木本: ドワーフの腕で、無農薬栽培に特化した「絶対に刃こぼれしない伝説の鍬(くわ)」や「魔力を帯びたトラクターの爪」などを打たせるんです。効率よりも作り手の情熱を重視する農法なら、彼の職人気質と完全にマッチします。さらに、新規就農者の補助金と、地方創生交付金をダブルで引っ張れます。

三田村: (ドン引きしながら)……ファンタジーの住人を、完璧なスキームで日本の第一次産業に組み込んだ……!

木本: 伝説の魔剣より、美味しい無農薬野菜のほうが、この区の税収と健康に直結しますから。さ、書類の準備をしますよ。彼の実印と、印鑑証明を取ってこさせてください。

三田村: はいっ! (敬礼して走り去る)

木本: (誰もいなくなった窓口で、静かに呟く) ……まったく。この世界のルール(台帳)に載るってことがどれだけ大変か、少しは分かってほしいです。

(SE:発券機の「ピッ」という音)

(暗転)


『絶対光らせてはいけない撮影現場 〜戦慄のラーメン・シズル編〜』

登場人物

  • 尾田 大地: 帰還屋兼カメラマン。「良い画」のためなら異世界人の命(滞在権)も軽く見る、無自覚な死神。
  • ゴラン(元・オーク重装歩兵): 現在は北千住のラーメン激戦区で「麺屋 護乱(ごらん)」を営む店主。豚骨の匂いが染み付いている。
  • 佐倉 ミサキ(声のみ): 尾田のインカムに指示を出す助手。常に冷静なツッコミ役。

北千住駅前、マルイの10階。
パスポートセンターや区民事務所が入り、住民票を求める人々が行き交うこのフロア。エレベーターを降りて左に曲がった一番奥のパーテーションの裏に、「それ」はある。
台帳にない人達のための、特別相談窓口。
そこで手に負えなくなった物理的なトラブルは、しばしば町の便利屋へと持ち込まれる。

(SE:ラーメン屋の厨房。豚骨スープの煮える「ボコボコ」という音)

ゴラン: (頭にタオルを巻き、腕組みをして)尾田の旦那。頼むぜ。今度の「特製・魔獣骨(まじゅうこつ)ラーメン」、うちの店の命運がかかってるんだ。食べログの点数を上げるためにも、最高のメニュー写真が必要なんだよ。

尾田: (三脚にカメラをセットしながら)分かってますよ、大将。北千住のラーメン戦争は甘くないですからね。……ただ、この店、窓が小さくて自然光が全然足りないなあ。

ゴラン: (ビクッとする)し、自然光で頼む! 多少暗くても、Photoshopとかいう魔法で明るくできるんだろ!?

ミサキ(インカムの声): 『尾田。被写体は元オーク。光・音・感情の条件が揃いやすい密室。絶対にストロボは焚くな。』

尾田: (インカムを無視して)いや大将、ラーメンの命は「シズル感」です。スープの表面に浮かぶ脂の照り、立ち上る湯気。これを撮るには、どうしても「半逆光(斜め後ろからの光)」でエッジを立たせないと。のっぺりした画になっちゃいますよ。

ゴラン: のっぺりでいい! のっぺりで構わん! 私は昨日、業務用の製麺機を200万のローンで買ったばかりなのだ! ここで元の世界(魔界)に帰還させられたら、自己破産すらできない!

尾田: (聞いてない)うーん……。よし、じゃあギリギリを攻めましょう。大将、そこで「箸上げ(麺を持ち上げる動作)」お願いします。

ゴラン: (震える手で箸を持ち、麺を高く上げる)こ、こうか……?

尾田: いいですねえ。美味しそう。でもやっぱり、手前が暗いな。ちょっとだけ、レフ板じゃ補いきれないから……(カメラの上部に、カチャッとクリップオンストロボを装着する)

ゴラン: !?!? 貴様! 何をつけた!! それは『追放の魔導具』ではないか!!

尾田: 大丈夫ですって。直射(ダイレクト)はしませんから。天井に向けて「バウンス」させますし、光量もマニュアルで1/128まで絞ります。文字通り、ほんの「チカッ」とキャッチライトを入れるだけです。致死量には達しません。

ゴラン: 「致死量には達しない」という言葉ほど信用できないものはない! やめろ! 麺が伸びる! 私の寿命も縮む!

ミサキ(インカム): 『尾田、やめろ。豚骨スープの熱気(感情)と、厨房の換気扇の音、そしてお前のエゴ。条件が揃いつつある。』

尾田: (ファインダーを覗きながら)……いきますよ。ハイ、チーズ。

(SE:カメラのシャッター音「カシャッ」と共に、微弱なフラッシュ「チカッ」)

ゴラン: (目をギュッとつぶる)……ヒィッ!! ……あれ?

尾田: ほらね、大丈夫だったでしょ? 1/128ならセーフなんですよ。

ゴラン: お、脅かしやがって……。寿命が100年縮んだぞ。

尾田: (プレビュー画面を見て)あー……。でもやっぱ、湯気の輪郭が弱いな。もうちょい光量上げたいな。1/64……いや、1/32でいこう。

ゴラン: ふざけるなァア!! チキンレースをするな! 頼むから! スープの輪郭より私の存在の輪郭を大事にしてくれ!!

尾田: プロとして、妥協した画は納品できません。大丈夫、私は長年カメラマンをやってきた勘があるんです。「ここまでなら帰還しない」っていう限界ラインが。……いきます!

(SE:強烈なフラッシュ音「バシュッ!!」)

ゴラン: ほらぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああああぁあぁぁっぁぁ製麺機のぉぉぉぉぉぉぉローーーンがぁぁぁ——!!

(SE:空間が歪む「ギュイイイン」という音。真っ白になる画面)

尾田: (カメラを下ろす)……あ。

厨房には、ゴランの姿はない。 タオルと、脂まみれの前掛けだけが床に落ちている。 そして、ゴランが持っていた「箸」と「持ち上げられた麺」だけが、空中でピタッと静止している(有機物だけが消え、無機物の箸と小麦粉の麺が残った状態)。

ミサキ(インカム): 『……尾田。今日で35回目。お前、本当に学習しないな。』

尾田: (冷や汗をかきながら)ミサキ……。どうしよう。

ミサキ(インカム): 『木本さんに始末書の連絡を入れておく。さっさと撤収しろ。』

(SE:店の外から「ガラッ」と戸が開く音)

客の声: 「すいませーん、やってますかー? ラーメン一つ!」

尾田: (麺が浮いたままの厨房でパニックになりながら) い、いらっしゃいませぇぇぇぃいー!!(首からカメラを下げたまま、慌てて前掛けを拾って身につける)……あ、あの! 麺の硬さは、バリカタでよろしかったでしょうか!?

(暗転) ——つづく


『台帳にない隣人たち 〜深夜のサイゼリヤ生存戦略会議〜』

登場人物

  • 峰子(エルフ・OL): 適応度MAXの古参。サイゼリヤの注文番号を暗唱できる。
  • バアル(元魔王・会社員): 北千住に持ち家あり。住宅ローンに追われる世帯主。
  • アーサー(元勇者・農業準備中): かつてバアルを追い詰めた光の勇者。現在は軽バンを探している。

北千住駅前、マルイの10階。
パスポートセンターや区民事務所が入り、住民票を求める人々が行き交うこのフロア。エレベーターを降りて左に曲がった一番奥のパーテーションの裏に、「それ」はある。
台帳にない人達のための、特別相談窓口。
そこで手に負えなくなったトラブルを抱えた人達のストレス発散はファミレスの一角だった。

(SE:深夜のファミレス。軽快なBGMと、ドリンクバーの氷が鳴る音)

バアル(元魔王): (赤ワインのデカンタを傾けながら)……信じられん。これほど豊潤な『大地の血(ワイン)』が、たっぷり入って200円だと? 我が魔王城の地下ワインセラーの存在意義が崩壊する錬金術だ……!

アーサー(元勇者): (エスカルゴのオーブン焼きを頬張りながら)あぁ。この『魔牛の角(エスカルゴ)』も400円だ。オリーブオイルとガーリックの暴力的な旨味……。あの過酷な魔界の遠征で、レンガのように固い干し肉ばかりをかじっていた俺たちの苦労は何だったんだ?

峰子(エルフ): (間違い探しに真剣に取り組みながら)二人とも、声が大きいわよ。ここは北千住の聖地「サイゼリヤ」。ただでさえ私たちは「台帳にない存在」なんだから、目立たないで。区役所の木本に見つかったら、また面倒な条例で縛られるわよ。

バアル: (ビクッとして声を潜める)す、すまん。だが焦りもする! 私は今、絶対に魔界へ強制送還されるわけにはいかんのだ! 妻と、春から私立に通う高校生の息子、小5の娘を養わねばならん! 北千住の持ち家のローンが、まだ「1300万円」も残っているのだぞ! しかも金利0.975%という絶妙な条件で組んだばかりだ! 私が消えたら、家族は路頭に迷う!

アーサー: 奇遇だな、バアル。俺も絶対に帰還できない理由がある。 ようやく茨城の取手市に、50坪の「耕作放棄地」を確保したんだ。2028年までに、効率を完全に無視した「作り手の情熱」だけを注ぎ込む無農薬栽培を始める計画でな。今、予算60万円以下で買える中古の軽バンを血眼になって探しているところだ。魔界に帰ったら、誰があの土を耕すんだ!

夏子: (間違い探しから顔を上げず)……元魔王が住宅ローンの金利に怯え、元勇者が中古の軽バンを探して農業にシフトする。平和でいいわね。

バアル: 平和ではない! 我々の頭上には常に「尾田のストロボ」という死神の鎌がぶら下がっているのだぞ!

アーサー: その通りだ。尾田というカメラマン……あいつは危険すぎる。被写体の「エモい瞬間」を見ると、後先考えずにストロボをフル発光させやがる。この前も、商店街の福引きで1等を当てて号泣していたドワーフが、光の渦に飲まれて消滅した……。

バアル: (震え声で)恐ろしい……! どうすればあの「死神フラッシュ」を回避できるのだ、夏子! お前はこの世界で20年も生き延びている古参(レジェンド)だろう!

夏子: (ペンを置き、ワインを一口飲む)……いいこと? 尾田がシャッターを切りたくなる条件、それは「被写体の強い感情」よ。歓喜、絶望、情熱。そういうものが顔に出た瞬間、あいつの右指(シャッター)は理性を失うの。

アーサー: つまり、情熱を見せてはいけない……?

夏子: ええ。生き残りたければ「映え」を完全に消し去りなさい。 目は常に、月曜日の朝の通勤電車に乗るサラリーマンのような「死んだ魚の目」をキープするの。姿勢は少し猫背で、オーラを完全にゼロにする。カメラを向けられても、絶対にピースサインなんてしちゃダメ。風景の一部に溶け込むのよ。

バアル: 「死んだ魚の目」……それが、この世界を生き抜くための最強の防御魔法か……!

アーサー: (天を仰ぐ)なんという残酷な世界だ……。情熱重視の農業をやりたいのに、情熱を顔に出したら送還されるなんて……! この世界は、魔王軍よりタチが悪い!

夏子: 慣れればどうってことないわ。ほら、バアル。練習よ。今、ボーナスが全額カットされたと思って私を見て。

バアル: (スッと表情が抜け落ち、焦点の合わない虚無の目を向ける)…………。

夏子: (拍手)完璧。それなら尾田も「あー、暗いっすね。撮れ高ないんで次行きます」ってスルーするわ。

アーサー: (涙を拭いながら)見事だ、バアル。かつて世界を恐怖に陥れた魔王が、ここまで完璧な「社畜の顔」をマスターするとは……。俺も負けていられない。軽バンの車検代が高くついた時の顔を練習するぞ!

夏子: (店員を呼びながら)すみませーん。「2101」追加で。あ、やっぱり、「2103」で。

(SE:ファミレスの穏やかなBGMが響く中、必死に「死んだ魚の目」の練習をする魔王と勇者。それを眺めながらドリアを待つエルフ)

(暗転) ——つづく


あとがき

いかがでしたでしょうか。 魔法や剣よりも、日本の「行政のルール」や「カメラマンのシャッター(ストロボ)」の方が物理的に恐ろしい、という逆転現象。

「日常に潜むバグ」をファインダー越しに覗き込むような本編 仮『台帳にない隣人』の第一話も公開中ですので、ぜひそちらも併せてご覧ください。

もし「この内容をYouTubeのコント動画で使いたい」「朗読劇で読みたい」「なんかで使いたい」大歓迎です。また、感想などもらえたら励みになりますので、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

© 2026 バンブー / bicbamboo.com

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